カムイモシリ

カムイモシリ 第二回

和田山 明彦 作(釧路管内標茶町在住)

 一九五四年。赤嶺は沖縄本島の北部で産まれた。

 父親が県職員として林業の技官をしていたおかげで、自然豊かな環境で成長することができた。しかし、物心つく頃には、北部の小さな町に移り、そこで小学時代を過ごした。身体は大きく、足も速い。とりあえず、学問においても苦労することはなかった。

 何不自由なく少年時代を過ごしたが、小学校卒業間近に、その地域の中心都市に転校することになった。

 今までの、小さな町から、いくつも小学校があり、クラスの数も、クラスの人数も多い環境に飛び込むことになった。当初は人の群れの中に馴染めず、疎外感さえ感じた。しかし、身体は大きく、学業においても後れを取らない。赤嶺は、このクラスでも、注目を浴びる存在になれると確信した。しかし、小さな町の、人数が少ない学校では、さほど苦労することなく注目される意識を持つことができていたが、やはり、大きな街では、上には上がいる。優越感を得るには、よほどの努力が必要であることを思い知らされた。

 前の学校でも、優秀な友達は居た。転校して考えさせられたのは、そのような友達と仲が良くなることで、自分は優越感を得ていただけなのではないか?という想いだ。慣れない環境に不安を募らせる日々を送ることになった。

 クラスで人望のある友人に対しては、その不安が障害となり、本音を思わず隠してしまう。活発で人気を博す友人には、笑顔で接する割に、嫉妬を密かに感じてしまう。要は、自分の見栄えを気にする割に、自分自身に自信を持てないのだ。年齢相応の言い方をすれば、いいふりこきの意気地無しということか?

 当時、流行していたギターにも手を出した。当然、気になる女の子を意識してのことだ。しかし、友人と一緒にギターで楽しむという発想はない。密かに練習し、機会をうかがい、その腕前に注目されることを夢想していた。

 ギターの独学は、譜面とのにらめっこだ。当然、クラッシックが基本となった。

 中学に進学すると、成績が良く、スポーツにも長けて、顔立ちも人並み以上と自覚する赤嶺は、クラスでも目立つ存在になっていた。当然、人気者の赤嶺は、クラス委員長に選ばれることにもなる。

 中学二年の夏、そのような赤嶺に恋心を抱く人ができた。憧れで終わらすことができない本気で好きになった人だ。

 小学校から、同じ学区で進学した赤嶺は、中学に入ると、最初から目立つ存在でいられた。その赤嶺が、小学六年生の時、転校で入ったクラスで、思わず一目惚れした女の子だ。中学に入り、周りからもてはやされた経験をもとに、変な自信を持ち、初めて打ち明ける勇気を奮い立たせることにした。

 テスト週間中の部活は休みだ。赤嶺は、初恋の人、矢草典子の帰り道にあるレコード店の中で典子が通るのを待った。レコード店は、楽器店も併設していて、赤嶺が、ギターの弦や新しく挑戦する楽譜を買いに来る馴染の店だった。

 典子の家への道筋は、赤嶺の帰り道とは方角が違う。しかし、以前から、典子の家の位置は調査済みであり、このレコード店前は帰り道として必ず利用するはずだ。

 楽譜の並ぶ棚を見る素振りで、外の通りを横目で窺っていた。典子が来た。何気に店を出た。偶然を装うタイミングを間違えないように気を付けた。
典子は、レコード店から思いがけない人物が出てきたことに驚いた。
「赤嶺君じゃないの! どうしたの? こんな所で・・・」

 この街では、ギターを嗜むことを誰にも話していない。待ち伏せを悟られないように注意して話すことができた。
「うん、俺は、ギターを弾くんだ。クラッシックだけれど、ここには楽譜を探しによく立ち寄るよ。それに、弦は消耗品だから・・・」

 典子は驚いた。赤嶺が、頭が良くて、陸上でもいい成績を残していたことは、当然知っていた。それにも増して、クラッシックギターを弾くとは・・・。

 その様子を幸いに、赤嶺は話すことにした。さりげなく・・・、さりげなく・・・。
「今度、家に来ないか? ギターを聞かせてあげるよ」

 典子は困惑した。当然、男の人と二人きりになることは考えられなかった。赤嶺のことは好きだった。でも、楽しい中学生活の一コマとして、冷めた目で見る良識は心得ていた。

 スポーツマンでハンサム、学年を越えて、学校の女子から注目されていた赤嶺から声を掛けられた。本当かどうかは知らないけれど、学校の女子の噂話の中では、数名の女子が同じように話しかけられたらしい。常に話題の中心となっていた赤嶺の噂話は事欠かない。しかし、噂話は自分達のゲームであることも承知していた。

 赤嶺は、困惑する典子の表情を、初めのうちは、なんてかわいらしい恥じらいを見せるのだろうと改めて惚れ直していた。しかし、二人の間に不思議な沈黙が長引く。

 典子は、本心では嬉しかった。このまま、赤嶺の誘いに乗れば、皆が羨むカップルになることは間違いないと考えた。でも、今後の人生を決めかねない行動になるような重い判断に晒されている感覚にもなっていた。断ることを瞬時に判断した。でも、嫌いではない赤嶺を傷付けるのは避けたい。今まで通り、仲のいいクラスメイトでいたかった。では、どう返事をすればいいのだろう?

 典子は決心した。軽い言葉が一番だと考えた。
「それより、今度、学校で聞かせてよ。皆もきっと聞きたいと思うの・・・」唖然とする赤嶺を見て、言い訳をした。「だって、クラッシックギターなんて珍しいもの・・・」

 赤嶺は、当然、承諾してくれると思い、思い切って打ち明けたが結果は無残だった。いい口実を繕われた。クラッシックなんて、あまりにもわざとらしかったのではないかと後悔した。恋の初めての挫折を経験させられた。

 思春期の子供に有りがちな、照れ臭さから、笑ってその場を繕ったのだが、実際は、この街に来た時から感じたコンプレックスの虫が騒ぎ始めた。

 赤嶺にとって、残りの中学生活は、惰性で流れるだけだった。現状を維持できればそれでいい。どうせ、高校は成績で振り分けられる進学校に進むことを決めているのだから・・・。

 典子との仲も、その後、ぎこちなさは残ったが、笑顔で接することはできた。何年先になるか知らないが、再会した時には笑顔で語り合える下地だけは作ることができたと満足することにした。中学時代の収穫はそんなところか?

続く(次回更新:9月15日火曜日)


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