カムイモシリ

カムイモシリ 第十六回

和田山 明彦 作(釧路管内標茶町在住)

 二〇一〇年の夏。

 塘路に移り、十年目になると、赤嶺もベテランの域に達してきた。仕事内容にもよるが、会社には一人仕事を増やすよう要請していた。安全のため、チームでの仕事が基本だが、赤嶺は、他の人間に気を使いながらの仕事は、かえって効率が下がってしまうと考えた。

 会社も、赤嶺の仕事を信頼してくれるようになったし、赤嶺が実践している安全管理の手法も理解してくれ、次第に、一人で山に籠る機会を増やしてくれるようになった。

 釧路林業に移籍して五年目の夏、赤嶺は標茶町阿歴内にあるカラマツ林の管理に勤(いそ)しんでいた。

 ここは、ヒグマが出没することで知られた場所だ。隣町の厚岸町から続く山林は、オス熊の街道でもある。放浪するオス熊は、警戒心を怠らずに移動する。しかし、経験値の低い若熊は、警戒心より好奇心が勝るときがある。赤嶺は、初めての作業地に入るときは、必要以上に警戒する。音は大事なアイテムだ。しかし、好奇心を掻き立てる場合もあることを認識しなければならない。 

 赤嶺は、安住や庄司からヒグマに対応する方法を教えられていたが、駆逐要請を受け、熊撃ちに行くのはライフルを所持するハンターだけだ。赤嶺は、まだ、ライフルを持つことができない。もう少し、散弾銃の経験を積む必要がある。この年の狩猟時期までにライフルを手に入れる予定ではあるが、ヒグマと対峙することは意識しない。いかに出くわさないかに重点を置いていた。

 音で自分の存在を認識させる。嗅覚は犬より鋭い。人間の匂いはもちろん、昼食も芳醇な匂いのする物はだめだ。安住に言わせれば、自分の存在をどのように認めさせるかを考えなければならないという。本来、ヒグマにとって人間は害のある存在ではない。まずは、ヒグマから見て当たり前の存在にならなければ、ここでの仕事はできないということだ。

 両者の良い関係を証明する映像を見たことがある。羅臼の番屋小屋での作業風景だ。ごく普通に漁の準備作業をする脇を、何気に通り過ぎるヒグマの親子の映像だ。漁師は悠然と作業を続ける。赤嶺は、理想的な姿をそこに見た。しかし、あこがれは、幻想を生む。幻想は過(あやま)ちに導く。だから、あこがれは持たない。自身の能力を磨き、山の環境に溶け込む努力を心掛けた。

 山の仕事は順調にこなすことができた。枝を払い、間伐しなければならない木を選び、印を付けていく。風向きを計算し、ヒグマの気配に気を配りながらの作業は神経を使うが、相手がヒグマではなく、キムンカムイと考えれば、不思議と疲れにはつながらない。そこには、相手に対する畏敬の念が基にあるからだと赤嶺は理解した。

 ここ二~三年、東京の家族は恒例となっていた塘路訪問が途絶えていた。長女は成人し正看護師を目指し、あともう少し勉学に励まなければならない。次女は、美容師を目指し、美容専門学校に入学した。もう、自分の世界に喜びを得て、羽ばたく準備に心をときめかしている。

 めぐみも、赤嶺との会話がかみ合わないらしく、電話も事務的な報告に終始していた。めぐみは子供から手が離れ、自分の世界を見出したようだ。言葉の端々に自分の人生観に対する自信がうかがえる。

 赤嶺はというと、より深く、山に生きる価値を求めるようになっていた。プログラミングの仕事は、むしろ、気分転換という色彩が帯びてきたほどだ。矢野からの仕事依頼は増えることは無いにしても、相変わらず減る様子がない。中高年向けの解りやすいプログラムへの変更依頼が主流であることも変わらない。

 毎年、三月には東京へ契約更新の印鑑を押しに行くことが恒例となっていたが、今年は天候のせいで山の仕事が遅れ、郵送での更新手続きで失礼した。例年なら、子供達と食事に出かけるのが行事みたいになっていたが、子供達は、事情の言い訳を聞くことも無く、軽く承知してくれた。その反応に気を遣うことも無く、安堵した赤嶺がそこに居た。

 先日、めぐみから唐突に封書が届いた。中には、お詫びの言葉と共に、離婚届けが入っていた。妻の欄にはすでに印鑑が押されている。赤嶺は、怒りや悲しみを感じない。むしろ、塘路に移ることを独断で決めたことの申し訳なさに胸がいっぱいになった。

 確かに塘路に移住した赤嶺に、めぐみの人生を顧みる気遣いは次第に薄れていった。自分の立ち位置の正当性だけが心の中を支配していた。 

 虚脱感の中で思いを巡らしたが、明らかに、この日が来るであろうことを予感していたのは確かだ。無責任と指摘されても仕方がない。自ら行動せずに、時の流れに任せ、めぐみの出方を待っていただけなのかもしれない。 

 塘路に移住してから、周りの目を気にすることの無意味さを思い知らされ、常に安らぎの境地と共に生活することができるようになった。しかし、そのために、めぐみに対する思いやりの姿勢から逃げ出していたことも、めぐみの人生観から逃げ出すことになったのも事実だ。

 東京でめぐみに諭されたように、IT企業への転職か、起業を決断していたら、いまだに幸せな家庭を維持していたかもしれない。しかし、その結論は十年前に出ていた。ストレスが身体の異変という形となって現れた。気の弱い、意気地無しの赤嶺に選択の余地は無かったのだ。めぐみも、後先考えられず、承知するしかなかった。

 子供達は、両親の離婚を二人とも承知しているようだ。美沙が成人し、沙理も進路が決まった。これからは、それぞれが、独立して独自の世界を歩む。家族が不幸に見舞われることだけは避けたい。わだかまりを持つ関係に幸福は望めない。このままでは、わだかまりが深まるだけなのは目に見えている。赤嶺は印鑑を取り出した。

 大事な伝達は、記録を残すため、メールで行うか、パソコンで打った文面をプリントアウトしていたのだが、今回は自筆の手紙を添えることにした。

 めぐみも娘達も幸せになってもらいたい。今後も、メールでのやり取りは続けたい。と言っても、今までも、赤嶺から進んで近況を報告することはなかった。娘達がSNSにアップする写真や、長女などは、看護学校での行事などの写真をメールに添付してくれるし、次女も卒業式や専門学校の様子を知らせてくれる。その感想をメールするのが関の山だ。

 そう言えば、子供達が幼い頃、学校の行事、それが、大事な入学式や卒業式なども出席することがなかった。なんとも情けない父親だった。

 手紙には、東京の不動産はもちろん、現在まで使用していた通帳の預金もすべてめぐみに渡す旨を記した。その移行手続きは速やかに行う。赤嶺自身は、ほとんど手を付けたことの無い口座なので、いくら入っているか分からない。税金の申告から考えると、かなりの金額が残っているはずだ。めぐみなら、子供達のために有意義に利用してくれる。

 釧路林業の給料は、地元の金融機関に振り込まれることになっている。大した金額ではないので、その辺は勘弁してもらおう。今後、矢野からの入金は別の口座を開設する。ログハウスの維持のために・・・。

 赤嶺は、めぐみからの手紙がお詫びの内容に終始していることに違和感を覚えた。謝るべきは赤嶺の方だ。安定した家庭を構築することを放棄した赤嶺の責任だ。子供達の教育も放棄していた。めぐみのおかげで、子供達は素直に成長してくれた。父親はいないに等しい。

 本当なら、父親に反抗心を抱いても不思議でない。離れていても、父親に気遣いする優しい娘達に成長してくれた。日頃の、めぐみの教育が、いかに素晴らしかったかを物語る。 

 赤嶺は、非常に有り難かったのだ。しかし、今までの赤嶺には、素直に感謝の言葉を投げかける気遣いは無かった。それでも、めぐみは、赤嶺の心情を理解して、そっと見守ってくれた。めぐみに感謝するしかない。

 手書きの手紙は、何回も書き直すことになったが、キーボードで打つ文章より、心情に素直に向き合うことができた。ひと言、ひと言、気持ちを込めて言葉を選び抜くことができた。お詫びと、感謝が書きしたためられた。

 子供達には、赤嶺が塘路で学び、生きる糧となった精神世界の一面を紹介した。なぜ、塘路に移住しなければならなかったのか。塘路で生活することで、赤嶺の人生観がどのように変わったのか。自分の心を整理する如く筆を進めた。二十歳にもなれば、めぐみの心との間に垣根が生じた理由を理解してくれるだろう。自分の情けない性格も隠さずに記すことで、今の赤嶺がいかに充実した心境に至ったかを理解してくれるだろう。危うい願いであることも承知していたが・・・。しかし、赤嶺が東京に居るとき、そして、塘路の山に逃げることになった時も、めぐみが自分にとって、いかにかけがえのない存在であったかだけでも理解してほしかった。

 阿歴内の仕事は、順調に進めることができた。ある日、伐採の印を付け、枝払いに精を出していると、ヒグマの匂いが漂ってきた。明らかに風上の、しかも、近くに潜んでいる。赤嶺は、行動を変えず神経を研ぎ澄ませた。放浪するオスの個体だろう。相手は、明らかに赤嶺の存在を警戒している。極端な行動を避け、注意深く、しかも、さり気なくその場から離れた。警戒心のある個体は、人間を避けようとするのが普通だ。その行為を尊重して、安心させてやれば危険は少ない。

 しばらく、その現場には近づかない方が良いだろう。少し早いが、昼食にすることにし、時間をおいて仕事を再開することにした。

 食事をしながら、考えに耽(ふけ)った。めぐみへの手紙をポストに投函した時に、赤嶺は、気持ちの整理がついた。塘路での生活に、より集中することができている。ヒグマに出くわしても、動揺することも無い。気持ちが安定している証拠だと確信した。

 昨今、観光客によるヒグマへの接近が問題になっている。ヒグマは、車に乗る人間を生物として識別できない。野生の動物は、車をそこらに転がる岩のように、単なる物体としか認識しない。しかし、絶好の被写体であるヒグマを目撃すると、車から降りてカメラを構えたり、餌を与え接近を促したり、野性との接触方法の無知が問題になっているのだ。

 人間の匂いを覚え、味覚を刺激する味を覚え、魅力的な食料を求めようとヒグマの人間への隔たりが低くなると、最後には駆除という選択をせざるを得なくなる。

 赤嶺は、今回遭遇したヒグマが、そのような習性に染まっていなかったことを感謝した。

 塘路に来て十年目は、赤嶺にとって大きな節目の年となった。離婚成立後も、子供達からのメールは変わらずに入ってくる。SNSも楽しく充実した毎日を表現し、親の離婚という暗い話題は微塵も感じられない。さすがに、めぐみからの通信は無くなったが、子供達から間接的にめぐみの近況が知らされていた。内科看護師長となり、日勤中心となっていたが、より仕事に精を出し、毎日疲れて帰ってくるが、思いつめることも無くなり、充実した疲れを感じているようだ。

 長女からのメールでは、同じマンションの住人である矢野が家族のため、何かと力になってくれているようだ。

 矢野は、赤嶺より三才年下で、生涯独身を通してきた男だ。矢野が後輩として入って来たとき、赤嶺は、その独特の雰囲気を振りまく個性に目を引いた。人と話すことが苦手で、朝の挨拶もそこそこに、すぐにキーボードに向かった。数日間、彼の声を聞くことがないときもあった。

 赤嶺は、その劣等感に覆われた様子を醸し出す矢野を、どこか、自分の心情と結びつくように感じ、入社当時からよく面倒を見るようになった。当初は、プライベートに関しての話題には触れず、仕事面で良く衝突していた設計部からの盾となり、矢野をかばってやったりしていたのだが、次第に赤嶺には心を開くようになり、笑顔で世間話をするようになった。

 矢野は、一言でいうと、対面恐怖症なのではないかと赤嶺は理解した。賑やかな居酒屋などの宴会には、誘われても行こうとしなかった。その点、赤嶺も酒に縁がないので、二人して会社の休憩室で、プログラムに関する話に打ち込むのが関の山だった。

 赤嶺は、いわば慰める気持ちを抱き矢野に接していたのだが、次第に矢野の本心に迫って行った。

 矢野は、いわゆるオタクだった。学業においても、趣味においても、そして、仕事においても、キーボードに向かい、コンピューター言語を扱う時が一番充実すると公言していた。そのため、友人と言える人には巡り合うことができなかった。また、赤嶺と同様に酒も苦手で、大学時代もコンパなどに参加することは無かった。

 確かに、女性に関しては、恐怖症かもしれないというのが矢野の自己診断だ。好きな女性ができても、話題はコンピューターの話しかできない。嫌われるのが怖く、話しかけることができないという。やはり、どこか赤嶺の心情に共通するところがある。

 数年後、赤嶺は結婚することになったのだが、めぐみは矢野に対して、いろいろと友人を紹介していた。しかし、ことごとく実ることがなく、次第に矢野は、自分の殻に深く沈み込むようになった。

 会社の中で、情報処理室が斜陽となってきた時、次第に仕事内容に不満を募らせてきた矢野は、転職を考えていたが、ここで、親類を通じてある出会いがあり、その人物の勧めで自立の道を選んだ。

 自立は仕事の多様性が求められる。当然、矢野には人との接触は難しい。営業は苦手だ。しかし、自立を進めた人物の仕事の評判が口コミで広まり、当初、一人で始めた会社は数年で従業員二十名、売り上げが五十億の会社に急成長した。

 赤嶺は、技術系の役員として誘われたが、赤嶺の性格が邪魔をして受けることは無かった。そして、仙人の生活をするため、塘路に移住することになったのだ。

 マンションの買い替えの時もそうだが、プライベートに関しても、いろいろと力になってくれていることが、長女のメールで明らかになった。女所帯では何かと不安だ。矢野が近くに居るだけで、赤嶺は安心した。

 秋が深まる頃、赤嶺は、相変わらず山仕事に専念していた。冬に入る前に片付けたいと、会社から頼まれ、五人グループの班長として阿寒の山に入っていた。 

 冬の間に伐採する山の計測や、搬出用の林道を作らなければならない。麓の牧草地を痛めないよう、地面が凍っている内に作業を終わらせるため、赤嶺も繰り出されることになったのだ。その山までは、塘路から一時間の道のりだ。帰宅は日が暮れて、街灯の無い自宅付近では、真っ暗な時間帯の家路となる。

 暗いログハウスに辿り着くと、見慣れぬ車が帰宅を待っていた。赤嶺の車のヘッドライトに照らされると、矢野が車から降りて来た。今年の三月には、東京に行くことができなかったので、久しぶりの再会だ。といっても、メールでのやり取りは頻繁に行っていたので、どこか不思議な感覚に陥った。

 「矢野じゃないか? 突然どうした?」

 「赤嶺さん、直接会わなければならない話で・・・」

 躊躇する矢野に、赤嶺は、何かのっぴきならない事態が発生したのではと感じた。

 「まずは、家に入ろう」

 家に入り、着替えをするあいだ、矢野はソファーに座り、じっと一点を見つめていた。どこか、思いつめた様子だ。赤嶺は、間違いなく矢野の会社に重大な事件が起きたのでは?と危惧した。しかし、憶測で判断したくない。素知らぬ対応に心掛けた。

 「食事はまだかい? 独り身では何も用意できないので、釧路にでも食べに行こうか?」

 ストーブの火を大きくして、洗面台で、顔と手を洗い、台所に移ってコーヒーを入れ始めた。矢野は、まだ、身動きしない。盛んに頭を働かせて、言葉を選んでいるようだ。

 「まずは、一服しよう」

 コーヒーにも手を付けようとしない。苦渋に満ちた顔を見せている。赤嶺は、必要以上に、穏やかな趣で言葉を掛けた。

 「さあ、話を聞かせてください。今の矢野さんの顔を見てられない」

 その言葉に、意を決したのか、突然、床に座り直し、赤嶺に土下座した。

 「申し訳ありません・・・。めぐみさんと結婚させてください」

 赤嶺は、突然の告白に呆気に取られた。驚きに言葉が出ない。しばしの沈黙の間、矢野は、土下座の姿勢から身動きしなかった。

 赤嶺は、驚いたが、当然、批判する気は無い。美沙のメールから、矢野がめぐみ達に、いかに力となっていたかがうかがえる。むしろ、うれしかった。矢野の人間性はよく承知している。真面目で、むしろ、その真面目さが、面白みがないと女性には縁がなかった。

 赤嶺は、やさしく声を掛けた。

 「ありがとうございます。無責任と思われるかもしれませんが、東京での生活は、すべてめぐみ任せでした。今考えると、子育てに関わった記憶がない。めぐみは強い女性だと、勝手に解釈していたようだ。本当は、どれだけ支えて欲しかったのだろうか? 強くならざるを得なかったのでしょうね。情けない話です」赤嶺は、自分のコーヒーを啜(すす)った。「夏に離婚届に判を押しました。私は、めぐみや子供達が幸せになることだけを望んでいます。ただそれだけです」

 矢野はまだ返事をしようとしない。真面目過ぎるのも考えものだと感じ、赤嶺は苦笑した。気まずい雰囲気をなんとか打破したい。

 「矢野さん、社長職はどうですか? 矢野さんが自立した時、営業ができるのだろうかと心配しました。正直、リーダーとしての気質はどうなのかと?」

 矢野はようやく口を開いた。

 「営業や、会計業務などは・・・、いまだに苦手です。社員任せに・・・。姉が副社長として、目を光らせているので、なんとか・・・」

 矢野は言葉を探しながらの会話に終始した。塘路まで足を運び、決意を語ろうと行動した割に、最後の瞬間、赤嶺を前に言葉が詰まってしまったようだ。

 赤嶺は矢野の気持ちが手に取るように理解できた。塘路で生活をするようになって、視野が広くなったのだろうか? 東京に居るときは、これほど、相手の気持ちに寄り添う感情は持ち得なかった。

 新たな心で、改めて矢野と向き合うと、矢野の人間性がより深く理解できたように感じた。矢野の決断に手助けをすることにした。

 「私は、矢野さんが突然現れたので、てっきり会社がどうにかなったのかと思ってしまいました」笑いを交えて続けた。「矢野さん、ある意味、あなたは私と似た所があると東京に居るときに思っていました。新入社員として現れたとき、私は、矢野さんと親しくなりたいと本気で思っていたんですよ。つまり、似た者同士として矢野さんがめぐみに引かれるのは、至極当然だということではないですか? 女性の好みも似ているということですよ」

 冗談のように矢野に話した。しかし、赤嶺は本気だった。めぐみと出会った時、明らかに他の女性とは違うオーラを感じた。一目で結婚を意識した。矢野を、自分の姿を鏡で見ているように感じたことがある。コンピューターに入り込む姿勢の強弱はあったが、己の性格に対するコンプレックスなどは似た所がある。その彼が、直感でめぐみに好意を持つことは当然だと理解した。

 まだ、口籠っている。直球で勝負だ。

 「めぐみのこと、よろしくお願いします。あなたなら、めぐみは安心して生活できると思います。ただ、子供達がどう考えるか・・・。とくに、次女は気が強い。心配なのはその程度です」

 その言葉に、矢野は、ようやく顔を上げ、明るい表情になった。ようやく、口を開いた。

 「じつは、まだ、めぐみさんには告白していません。その前に、赤嶺さんにお願いしようと思って・・・。きっかけは、娘さんなんです。とくに次女の沙理さんの後押しが強烈で、会うたびに睨まれます」

 赤嶺は久しぶりに心の底から笑うことができた。娘達が画策していたとは・・・。

 「それでは問題無いでしょう。でも、わざわざ私の承諾を得に来たということは言わない方が良いですよ。本来なら、私が関わる案件ではない。どうしてもと言うのなら、仕事で会う必要があって、その過程で話をしたという程度にした方が良い。私が喜んでいたとも言っていいですよ。でも、本心ですよ。最近、めぐみが生き生きしていると娘からメールが来ていたけれど、そう言う事情もあったんだ?」矢野は照れるように笑顔を取り戻した。「後は、めぐみの返事だけということですね? でも、娘達の後押しがあれば成功の確率は非常に高いですよ」 

 その夜、夕食を取りに釧路に出掛けた。釧路林業の会食で利用している和食の店だ。翌日は、赤嶺の仕事が早い。矢野も早い飛行機で東京に戻ると言う。矢野は、釧路に宿を取ることにした。酒に縁のない二人は、喫茶店に場所を変え、閉店まで語り明かした。プログラミングの仕事の話や、赤嶺が塘路で得た世界観、矢野が社長職で感じた苦労など、いくら時間があっても足りないくらいだった。久しぶりの矢野との会話は、心地いい時間を持つことができた。

 その夜、帰宅した赤嶺は、風呂に入っていないことに気が付いた。一人、風呂の用意をして、翌日の準備をしながら、赤嶺は、ひしひしと感じた。自分が本当に独り身になったことを・・・。

続く(次回更新:12月22日火曜日)


釧路新聞電子版のご登録はコチラ!登録月は無料!!

関連記事