カムイモシリ

カムイモシリ 第十七回

和田山 明彦 作(釧路管内標茶町在住)

 正月、松の内が過ぎると赤嶺はカノジョが潜む山に戻った。凛とする冷たさの冷気に身を引き締めて、塘路湖畔の林道をホイールローダーで進んだ。積雪量は多く無いが、吹き溜まりがあちらこちらに発生している。

 作業に先立ち、現場に通じる林道の除雪をしなければならない。正月休みの間、低い気温に引き締まった雪は、バケットに押され砕けると、固まることなく左右に分かれていく。順調に除雪作業は進んだ。

 ホイールローダーは、赤嶺の所有する小型特殊のため、後に、間伐材を搬出する際には、大型の除雪車を手配しなければならなくなる。しかし、今は赤嶺の軽トラが通るだけでいい。林道は先の阿歴内地区まで続いているが、林道は作業に支障のない所までしか通行する必要がない。除雪作業は半日で終わらせることができた。

 このまま、山の作業を始めればいいのだが、山の住民には、始めて見る機械が現れたことになる。一度引き返し、いつも聞き慣れた軽トラのエンジン音を響かせてから山に入ることにする。

 この日の朝、冬型の気圧配置は、塘路湖畔に眩しい日差しをもたらしてくれた。気温はマイナス二十八℃。日差しに暖かさを感じさせることはない。低い気温は、大気に言いようのない重厚な密度をもたらす。濃厚な極低温の大気は、湿原を流れる川の水を容赦なく覆いつくす。川はたまらずに沸騰する如く水蒸気という息吹を振りまく。毛嵐だ。湿原の木々は、その息吹を受け止め、すべての皮膚に氷の衣をまとい、日差しに煌(きらめ)く造形美を見せてくれる。

 赤嶺は、風のない晴れ渡った冬の朝、その美しさに飽くことなく毎日のように心を奪われる。ダイヤモンドダストの背景に広がる霧氷の景色は、塘路湖の絶景の一つだ。

 この時期、塘路湖は結氷する。寒気と暖気の繰り返しに御神渡りが現れるのも塘路湖の風物詩だ。赤嶺は、緑が萌え、生物が活動を活性化する季節も味わい深いと感じていたが、生命が冷気に圧縮され、密かに佇(たたず)む真冬の凛とした空気の中で、カムイモシリの仲間たちと共に、自身も圧縮される感覚を得るのも、また、格別に清々しい気分にさせてくれると感じていた。

 昼食を自宅で済ませ、再び現場の入り口に戻った。一月初旬、日の暮れるのはやはり早い。三時になると仕事を切り上げ、帰り支度をしなければ、あっという間に暗くなり、雪深い山の中を苦労して歩く羽目になってしまう。この日は、かんじきを履き、年の暮れまで作業していた所の様子を見てくるだけにした。

 クリスマス以降天候が荒れ、さほど作業を進めることができなかった。さほど、積雪は深くないが、中途半端になった現場がどのようになっているかが心配だった。

 現場は、カノジョが籠る穴からは、一つ尾根を挟んでいる。もう、穴の中で大人しく出産を待っているだろう。去年の暮れまでに、カノジョの領域である尾根向こうの作業は終えていた。

 カラマツは尾根のこちら側に広がっている。春までの間、重機や、大型トラックが積み込みに入るが、出来るだけカノジョの出産に影響が無いよう、取付道路の位置や、間伐の印に留意することにしていた。

 赤嶺は、仕事の段取りを考えるためという表向きの目的以外に、暮れに確認していたエゾモモンガの越冬状況も気になっていた。

 エゾモモンガの巣は、木のかなり高い所に掘られた穴なのだが、確認は、地面を見ることから始める。場所は、カノジョの穴を見下ろす尾根の頂上近くにあった。

 巣の下には、生活で生じたごみが散乱している。その量で、元気でいることが確認できる。夜行性のモモンガは、昼間の内はゆっくり眠っているだろう。カノジョの穴の入り口も目にしたが、雪のせいで、小さな隙間しか見られない。雪が降り始めてから、外に出た形跡は無い。今後の作業で影響が出ないことを願ってその場を後にした。

 作業現場は、塘路湖から緩やかな斜面を越えた所にある。ヒグマ騒動が続いたため、人手が入らないカラマツの造林地は荒れ放題になっていた。下草や、カラマツの生育に支障のある背丈の低い灌木などは、雪の重みでひれ伏しているため、枝払いなどの作業は容易に進められそうだ。間伐などの伐採作業は、安全のため、複数の人間が当たることを義務付けられている。赤嶺は、その前作業を進めることになる。

 不意に、影が横切った。見上げると、オオワシが頭上で舞っていた。そう言えば、この先に、小さな川が塘路湖にそそいでいる。そこは、まだ凍結していないのだろう。サハリンから渡って来たオオワシやオジロワシなどは、凍結の免れた湖面で捕食する姿をよく見ることがある。

 しばし、黒と白の鮮やかな姿と、特徴的な黄色いくちばしの鮮やかな色彩に見とれていた。

 釧路湿原には、摩周連山から下って来た地下水が随所に湧き出ている。そこは、空を支配する者達にとって、貴重な捕食地となっているのだ。

 丹頂鶴も、絶滅を免れた理由がそこにある。湿原は太古より変わらぬ生き物達の聖地なのだ。そこに、入り込める人間は、聖地を敬う者に限られる。

 湿原に連なる山にも、本来なら、聖地にふさわしい人間のみに入山を限られて然るべきなのだが、昨今の人間社会の移ろいに、予期しない事態が現れてきている。

 冬になると、湿原の脇を通る釧網線に、JR北海道の『SL冬の湿原号』が走り、全国はもちろん、外国からの観光客の目玉として人気を博する。問題は、写真撮影のため線路を見渡せる撮影ポイントを探し求めるアマチュアのカメラマンの存在だ。

 無暗に山に分け入り、木々を痛める。越冬するカムイモシリの住民に対し、敬うことなく土足で踏み込む行為に走る。嘆かわしい行為の傷跡に、心を痛める機会が増えたと安住が嘆く姿を、赤嶺は同意を持って慰めるしかなかった。

 ハンターの行為も荒れて来た。本来なら、鹿などを処理した残骸は、地中に埋めなければならない。しかし、凍り付く大地に穴を掘ることは諦めざるを得ない。そのための施設も完備しているのだが、面倒なのか、辺りに散らかり放題の現場を幾度となく目撃した。ウィンチを完備した車両は、どこでも入り込むことができる。しかし、そのためにどれほど聖地を痛めることになるのか考えようとしない。雪の少ない道東の知られざる嘆きと赤嶺は考えた。

 一週間ほど仕事に精を出すことができた。冬型の気圧配置が続くと、道東の太平洋岸は晴天が続く。放射冷却で朝の気温は下がるが、眩しい冬の日差しをいっぱいに浴びて、仕事に汗を流すことができる。もう少しで、この山ともお別れだ。

 昼食を取るため、いつものように塩おむすびをほおばっていると、携帯の振動が着信を知らせた。音は出ないようにしている。山において、こちらの都合に関係なく音を立てられるのも迷惑だ。いつもは、留守電に記録することにしているが、タイミングよく、休み時間中の着信だった。

 相手は沖縄に住む兄の亮だった。塘路に移住して、初めて電話をよこした。もちろん、メールや画像通話のやり取りを欠かすことは無い。赤嶺が、東京で倒れ、移住を決断したあとも、メールに疎い両親の代理で、いつも、気に掛けてくれた。

 兄が電話とは? 慌てて電話を開いた。

 「久しぶりです。健です」

 「健か? 親父が危ない。おふくろは、お前に知らせるのはまだ早いと言っていたが、場所が場所だからな・・・。急に来いという訳にはいかんだろう?」

 父親は今年米寿になる。今年は、夏前に、誕生日に合わせてお祝いに行こうと思っていた。できたら、敏子も一緒に行けたらとも考えていた。

 兄は、地元の市役所の職員として両親と共に生活していた。東京に居るとき、羽振りの良かった赤嶺は、父の退職記念にと、終(つい)の棲家となる家をプレゼントしていた。今は、兄が退職金を使い、その家をリホームして一緒に生活している。賑やかな三世代住居だ。

 そう言えば、甥っ子や姪っ子の就職祝いも郵送で済ませていた。

 「親父は、どんな具合だ?」

 「時々、意識が混濁する。意識がある時は、会話をすることができるが、弱々しい。帰ってこれるか?」

 「今日、仕事の区切りをつけて、明日の早い便に乗る」

 今の赤嶺は、気持ちのふらつきに戸惑うことは無い。素直に自分と向き合う術(すべ)を身に付けている。両親には、ずうっと心配を掛けていた。めぐみと別れたときも、悲嘆にくれる両親の様子を兄から教えられていた。その時期は、めぐみとのやり取りで心を落ち着かせることができたと兄から報告があり、改めてめぐみに感謝した記憶がある。

 今も、めぐみは遠慮して控えていたが、娘達から―両親からは孫になるが―写真を添付したメールが来ると喜んでいたる様子を兄から報告を受けていた。当然、敏子の存在も隠さずに知らせている。すると、両親は、一人寂しく年老いていく赤嶺を不憫に感じていたらしく、敏子の存在を喜んでいると言い、兄は、必ず連れて来いと注文していた。

 しばらく留守をするということで、昼からは、暗くなるまで段取りに精を出さなければならなかった。釧路林業にも電話した。電話を受けたのは敏子だ。事情を説明し、休暇を承諾してもらった。山の仕事は、予定より進んでいる。影響はないだろう。

 暗い家に辿り着き、明かりを付ける前に、薪ストーブに薪をくべ、勢いよく燃え盛る炎をじっと見つめた。両親とは不仲ではない。東京で倒れたときも、いち早く駆けつけてくれた。当時は、赤嶺に客観的な自己分析をする器量がなかった。強がり、安心させることに終始して、めぐみの助けもあり、すぐに帰ってもらうことになった。その後に、仙人の出現だ。面食らっただろうが、赤嶺に気を遣う余裕はなかった。

 その時も、めぐみが間に立ち、めぐみに気苦労を掛けたことを知り、赤嶺は反省しきりだった。しかし、今の赤嶺の心境を、両親を含め兄も理解してくれる。両親が健康のうちに、塘路に招待できなかったことが、唯一の心残りだ。

 食事の用意をしてから、風呂に入った。冬に家を空けるのは初めてだ。凍結防止に風呂もそうだが、トイレや台所、何より、給湯器の水抜きを考えなければならない。給湯器は、説明書を取り出さなければ、対応ができない。

 普段は、ストーブに太い薪を入れて、緩やかに燃やせば、丸一日は暖を維持できる。水道の凍結を心配することは無かった。しかし、今回は、何日留守にするか分からない。

 敏子は、合いかぎを使い、家を時々見に来てくれる。庄司や安住にも連絡するから安心してと言ってくれた。赤嶺は、所詮、人間という動物は、単独では生きていけない宿命を持っていることを改めて考えさせられた。そして、傍らにいる人達のありがたみをしみじみと感じるのだった。

 人は、群れを作る動物だ。赤嶺は、人類の英知を駆使して作られた道具を拠り所として、一人で山に籠ることを好んでいた。同時に、赤嶺の人生観を理解してくれない人達から逃避する目的も含まれていたのではないだろうか? 敏子とのつながりを意識するようになってからは、その想いに反省させられる意識も生まれる。

 赤嶺は改めて自覚させられた。人間は一人では生きていけない。仲間が必要で、家族が必要で、信頼し合う群れが必要なんだと。

 その夜、帰省の準備を済ませ、寝床に入ろうとした時、また、兄から電話が入った。

 「容体が急変した。明日まで持つかどうか・・・」

 赤嶺は父の臨終に間に合わなかった。病院から自宅に運ばれていた父親は、赤嶺の持つ面影の中に居る父親ではなかった。赤嶺の大柄な体格は父親の遺伝だ。その父は、昔の面影も無く、痩せて、小さくなっていた。

 呆然と立ち竦(すく)む赤嶺に、傍らに居た娘の美沙が話しかけてきた。その時、初めて娘達が来てくれていたことに気が付いた。

 「お父さん、伯父さんから連絡をもらって、来てしまった。いいでしょ?」

 「何を言っている。お前達のおじいちゃんだ。喜んでくれているよ。ありがとう」

 やはり、めぐみのことが気になる。矢野と再婚してから、やり取りがない。矢野との仕事の会話の中で、めぐみのことを聞くことはあったが、根掘り葉掘り聞くことは失礼にあたる。

 「お母さんは元気にしているかい?」

 今度は次女の沙理が答えた。

 「実は、お母さんも来ているの。今、ホテルで詩織の面倒を見てる」

 めぐみも来ている。孫と共に・・・。赤嶺の心がざわついた。孫に会いたいだけではない。矢野と再婚してから、めぐみと顔を合わせることが無かった。契約更新で東京に出た時も、娘達には食事で会うようにしていたが、矢野の妻となっためぐみには、どこか遠慮する意識が働いた。幸せなめぐみを見るのが、どこか、後ろめたさを感じる思いに駆られた。赤嶺は何気に言葉に発した。

 「そうか・・・。めぐみにも親父に会ってもらいたかったな・・・」兄と母親に視線を移しながら、沙理に話を続けた。「俺にとっておかあさんは、過去の人ではない。今、同じ時代で、場所や環境は違えども、同時に幸せになるべき人として、いつも気に掛けている存在なんだ。その人が、わざわざ駆けつけて来てくれた。素直に嬉しく思うよ」

 兄の亮が驚いた顔を見せ答えた。

 「お前は、変わったな~。昔はそんな気の利いたことなんか言うような人間ではなかった。やはり、いつも言ってるカムイモシリのせいか?」

 赤嶺は苦笑いをするだけだ。皆も一瞬笑顔になった。助かった。兄が続けた。

 「そうだよな。めぐみさんは、いまだに連絡を取りあう仲だ。家族の一員だよ」

 赤嶺は、驚いた。兄は、めぐみと連絡を取りあっているという。呆気に取られていると、美沙が答えた。

 「新しいおとうさんも一緒なの。やはり、家に来るのは気が引けるって。火葬の時、できたら来たいと言ってたわ」

 赤嶺にとっては、驚くばかりの話が出てくる。そのようすを見ていた兄の亮が、改まったように話し始めた。

 「実は、お前が離婚したあと、おふくろがお前のことを心配して、美沙ちゃん経由で、めぐみさんに、お前の考えをどう思っているのか聞いてもらうという所から付き合いが続いている。矢野さんも親身になって、おふくろの相談に乗ってくれたよ」母親に視線を向けながら言いきった。「お前は、良い人達に恵まれたな」

 確かに、今の自分を支えてくれている人達は、自分の未熟な性格を精一杯補ってくれた。それに気付かせてくれたのも、カムイモシリの住民達だ。昔の友人達も含め、すべての人達に感謝の念しかない。

 翌日、赤嶺は、火葬中、外に出て煙突の煙を見ながら、瞑想するように佇(たたず)んでいた。子供のころや、東京での心の葛藤、そして、塘路で出会ったカムイモシリの世界。走馬灯のように思いを巡らし、煙突から出る煙にその想いをのせていた。

 めぐみは来なかった。ここには、赤嶺の家族だけではない。多くの親類縁者もいる。別れた女房が、新しい見ず知らずの男と現れたら、なんと言われるのか・・・。赤嶺は、めぐみにはもちろん、矢野にも心労を感じさせることになったのではないかと申し訳なく感じていた。

 美沙が外に出てきた。

 「お母さんが来てる」

 火葬場の入り口に視線を移し、赤嶺にその存在を知らしめた。

 めぐみは不安気な趣で表の道路から現れた。後ろには孫の詩織の手を引いた矢野が続いていた。

 赤嶺は笑顔を見せ、ゆっくりと近付いた。手を差し出し、めぐみの手を握った。

 「ありがとう。遠い所をわざわざ来てくれるなんて・・・。おふくろも、兄も、美沙から聞いて喜んでいる。本当にありがとう」

 めぐみも笑顔になった。赤嶺の手を撫でながら言った。

 「相変わらずガサガサな手。元気そうね。矢野からあなたのことをいろいろと聞いてるわ。安心しているわよ」

 気まずい雰囲気はない。爽やかな再会だった。矢野はそのようすを後ろで穏やかに眺めてる。めぐみは赤嶺の手を引いて、矢野のところに導いた。

「詩織と会うのは久しぶりでしょ?」

 赤嶺は詩織を抱く前に矢野に感謝しなければならなかった。

 「矢野さん、今回はありがとう。改めて家族が揃った姿を見ることができた。元い。元家族だね」

 笑顔で矢野と握手した。矢野はようやく笑顔になった。

 「私も加えてくれたら、元と言う言葉は外していいですよ。しかし、迷惑ではなかったですか? 親類の方々も多いようですけれど」

 「母も、兄も、矢野さんとめぐみにはとても感謝しています。私も、昨日まで知らなかったのですが、お二人に世話になっていたことをおじさんやおばさんにも話しているようです。感謝しかありません。中に行きましょう。皆さんは喜んで迎えてくれますよ」
 

 葬儀の後、赤嶺は、矢野の配慮で、めぐみと二人きりで話をすることができた。めぐみ達が宿泊してるホテルのロビーに場所を移し、互いに向かい合って座った。

 矢野や娘たちのおかげで、どこにもわだかまりを生じることなく話すことができる。なにより、赤嶺自身が殻を被る必要が無くなっていた。 

 めぐみと別れた時は、カムイモシリの住民となるべく意識が強く、めぐみ達の世界に対し、ある意味、意固地になっていたかもしれない。今は、安住の言う恐怖を心に秘めている。自分の弱さを自覚できている。素直にめぐみと向かいあえる。

 めぐみから話し始めた。

 「どこか、若くなったみたい。しわは増えたけど・・・。笑顔が素敵。安心した」

 「最近、塘路でいろんなことが起きて、自分の居場所がすっきりしたような感覚なんだ。もしも、今ここに、誰が現れても素直に懐かしむことができると思うよ。それはそうと、矢野との生活はどうだい? 彼は、同僚の時は人に馴染むことができなかったけれど、独立して人に揉まれたせいか、むしろ、心配するほどお人好しになったように感じたんだけれど・・・」

 「見たまんまよ。最初は、あなたと性格が似てるかなと思ったけれど、最近は、仕事を早めに切り上げて、家事の手伝いもしてくれているの。彼も還暦でしょ。あなたみたいに、何でもできなきゃだめよって言ったら、その気になってくれた」

 赤嶺は苦笑いだ。矢野が家事をする姿は想像できない。なにより、仕事人間だった矢野が、家庭を大事にしてくれている。心が温かくなった。

 素直に喜べるのも、赤嶺に敏子という人物が現れたからだ。こうして、自然にめぐみと語り合えるのも、敏子という存在が赤嶺を支えてくれているからこそだ。めぐみが切り出した。

 「矢野から聞いているの。私にプロポーズする許しを、塘路に出掛けてもらって来たって。ありがとう。遅くなったけれど・・・。それに、ここに来るかどうか悩んでいる時、矢野が教えてくれた。あなたに、良い人ができたみたいだって・・・」笑顔をしまい、神妙な趣で話し続けた。「実は、私だけが幸せになったような気がして、あなたのことが気になっていたの。おかあさんと連絡を取りあっていたのよ。おかあさんは、あなたが塘路で一人年老いていくのではと心を痛めていたのよ。私もその時は、なんて言っていいのか分からなかった」

 赤嶺は、嬉しかった。素直に嬉しかった。別れた夫に気を遣うめぐみが、知り合った時から変わらなく心優しい存在であることを・・・。もちろん、矢野の人柄がそうさせてくれていることも理解できる。

 「ありがとう。自分でも、半世紀かけてようやく大人になった気分でいる。めぐみと生活していた時は、まだ、半人前の未熟な人間だったということだね。本当に申し訳なく感じているよ」

 「さっきから、お礼と、お詫びばかり。でも、嬉しいわ。こうして会えるようになって・・・」

 「それも、矢野君のおかげだよ」

 翌日、めぐみ達は東京に戻って行った。赤嶺は、父親を亡くした悲しみより、めぐみとゆっくり話すことができた喜びの方が勝っていた。しかし、母親などは、親類がいなくなると、寂しさのためか、呆然自失の状態だ。兄嫁は、同じ悲しみを分かちあう如く、母親に寄り添っている。兄も、客が去った後は、ひとしきり悲しみの涙にくれていた。しかし、赤嶺は違った。父親の死は、赤嶺にとって確信となる想いを抱かせていた。

 赤嶺は、カムイモシリで幾多の生命の営みを見守って来た経験がある。カムイモシリでの生命のやり取りは、赤嶺にとっては、自分と同格の出来事だった。生命誕生の裏には、生命の死没が不可欠だ。要は、順序だ。逝く順序を間違えなければ、そこには『和』が生じる。

 カムイモシリでの順序とは、世代の交代という時間的順序だけを意味しない。食物連鎖の順序もある。しかし、人間だけはそれらの順序から外れようとする。その立場も考えなければならない課題だが・・・。

 避けられぬ運命に導かれる死もこの世にはある。カムイモシリでは、やはり、次なる生命と、残された者の繁栄に必ずつながる。『和』を意識せずとも生業(なりわい)として成立する世界なのだ。

 カムイモシリのシステムをそのまま人間の社会に反映させなければとは思わないが、父親の死は、自分を通じ、娘達、そして、孫の詩織につながる。次は自分の番だ。順番に逝くことが、人間の社会において一番尊い基本であり、幸せな現象であることを確信として受け止めていた。

 火葬場において、叔父から、自分が悲嘆にくれず、何気に振舞う態度に怪訝を示された。その時は、一休和尚の言葉を引用して言い訳した。〝この世で幸福なこととはとの質問に、順番に死ぬことなり〟と言い放ったことを・・・。まさに、父は、一番尊い死に方を達成できたということだ。まさか、その場でカムイモシリの世界観を語りつくすまでの器量を得るまで至っていないし、強要するつもりもない。

 正直、父親を亡くし、寂しさを感じ、この世の無常をまさに実感した。しかし、悲しみにくれることではない。父から孫の詩織へと、世代への想いのつながりを、喜びをもって見守る意識に集中することができるのではないか?と感じていた。大事なことは逝く順序が守られるかどうか・・・。未来につながる『和』があるかどうかだ。

 カムイモシリの住民が喜びを感じるのはいつだろう? 彼等は哲学を持たない。我が子を食物連鎖で失い、必死に我が子を探す姿をよく見かける。不幸なのかもしれない。では、その反対が幸福なのか?

 例えば、丹頂鶴は、子育ての最中、天敵などが現れるとわが身を挺して雛を守ろうとする。しかし、新たな繁殖時期を迎えると、容赦なく我が子をテリトリーから追い出す行動を取る。子別れだ。ヒグマもそうだし、多くのカムイモシリの住民に見ることができる。子供達は、熾烈な親の行動に、自立を余儀なくされる。

 赤嶺は、その瞬間が、彼等にとって一番充実した瞬間なのではないだろうかと感じた。世代がつながる瞬間だ。

 葬儀が滞りなく済み、赤嶺は、早く塘路の山に戻りたかったが、悲しみにくれる母親を安心させる意味でも、二~三日の滞在をせざるを得ないと感じた。

 釧路林業は、十日間は休めと言ってくれている。遠慮せずに休むことにした。

 沖縄の冬は、当然、雪も無く、道東の初夏を思わせる。薄着で、ベランダに佇(たたず)んでいると、兄が外に出てきた。

 「健、いくら、北海道より暖かいとは言え、そんな薄着で日光浴はないだろう?」

 「今日の陽気は、釧路で言えば、初夏だよ。おふくろの前では口に出さないようにしているけど、今朝の気温は、マイナス二十七℃だってさ。向こうに居ると、別に特異な気温ではないけれど、おふくろが聞くと卒倒しそうだ」

 亮は、赤嶺の何気ない仕草に、以前は感じたことのない、強い包容力のような雰囲気を感じた。存在するだけで周りに安定感を振りまく。 

 こうして、二人で会うのは、東京の会社を退職するきっかけとなった病気の時以来だ。年齢を重ねただけでは説明できない弟の変貌ぶりは、パソコンのモニター画面では気付かない。弟の漂う雰囲気に驚いた。

 塘路に移住する時、半ば冗談のように仙人になると宣言していた。今の弟は、まさに仙人のような雰囲気を醸し出す。容姿こそ、普通の身なりだが、こうして語らう様は、年下ではあるが、どこか、師匠と弟子が語らう禅問答のように感じられる。亮は率直に質問した。

 「お前は変わったな。つくづく感じるよ。メールでは、塘路のカムイモシリに抱かれる・・・、とかなんとか言っていたけれど、今ひとつ理解できない。塘路に住む人は、みんなこうなのか?」

 赤嶺は苦笑いだ。

 「そんなわけないよ。ここの皆と同じように普通の人達だよ。優しくて、面倒見が良くて・・・。ただ、隣の人が言ってたけれど、昔、和人はアイヌの人達を押しのけて移住した。その罪滅ぼしも兼ねて、移住する人達には積極的に親切にしたいということらしい」

 赤嶺は、庄司の面影を浮かべながら答えた。亮は納得いかない。

 「お前は、昔から優しい性格だった。しかし、今のお前は、優しさはめぐみさんとの会話で変わらぬことが分かっていたが、どこかつかみどころがない」

 こうして、優しい風に抱かれていると、弟が空気の流れと一体になったように揺らめいて見える。力みが無いということか? 

 弟はカムイモシリと言っていた。カムイは神という意味だ。弟も神に近付いたということか? しばらく、沈黙して弟を眺めていると、赤嶺が、おもむろに語り始めた。

 「兄貴も知ってると思うが、俺は、幼い時から、優越感を求めて彷徨(さまよ)っていたように思う。裏を返せば、劣等感の塊だったということだ。それでは、ストレスが溜(た)まる一方だよ。あんな目に遭うのは当たり前ということさ」しばし、東京での生活に思いを描いた。「でも、思い切って山に入ると、自分の存在が、むしろ、そこでは邪魔になるような感覚になった。存在を消したいということではないよ。ログハウスの地主さんは、根っからのアイヌの方で、地元の長老と尊敬されてる人なんだけれど、その方の話に目を覚まされたよ。自分の存在意義は、ただ、その場に生きるということだけだ。つまり、カムイモシリでは、優越感も劣等感も関係ない。カムイモシリに生きる姿勢を示すだけでいいということさ。それ以上でも、それ以下でもない。余計な意識は邪魔なだけ。もちろん、難しいことで、その境地には中々達しないけれど、その感覚を持とうとしたところから、世界が変わった」

 亮には、やはり理解できない。しかし、弟が塘路で幸せな境地に達したことだけは確かだ。しかも、弟がこの場に居るだけで、おふくろも心が和むようだ。家の中が、神々しくさえ感じる。

続く(次回更新:12月29日火曜日)


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