テツ男社長のたわごと

2025年を振り返る(その2)

 明けましておめでとうございます。今年も鉄活動をご報告していきますので、よろしくお願いします。

 前回に続き、2025年鉄活動の後半をご紹介します。

名鉄河和線の富貴にて

 

【10月】

 上旬に東京へ行ってきました。品川から朝一の新幹線で三島へ向かい。伊豆箱根鉄道駿豆線で修善寺まで往復しました。その距離は19.8㌔、単線です。終点の修善寺は、国鉄に身を置いた人間としては忘れられない地名です。国鉄が分割民営化される直前の1986年秋、国鉄労働組合の臨時大会が開かれました。同大会では激論の末、分割民営化に反対する方針が決まりました。

修善寺で出発を待つ3000系

 

修善寺駅は台北捷運新北投支線の新北投駅と姉妹駅

 

 

 今度は、三島から小田原へ行きました。目的は小田急箱根登山鉄道線です。小田原から箱根湯本まで小田急の電車に乗りましたが、すでに山間の雰囲気が強くなっていました。箱根湯本から、いよいよ登山鉄道です。列車は外国人の旅行者の方も多く、往復とも混雑していて吊革につかまっていました。でも、立っていたほうが景色を見るためにはよかったです。スイッチバック、急こう配、急カーブ、貫通路のない車両・・・。とても鉄道とは思えない意味スリリングな鉄道でした。今回は強羅まででしたが、その先のケーブルカーにもぜひ乗りたいものです。

強羅駅に停車中の2000形

 

強羅駅に展示されているモハ1形の模型

 

 

 その日の夜の会合終了後、新幹線に飛び乗り名古屋へ出ました。NPO法人名古屋レール・アーカイブスが、名古屋市内で古い同市の地図を展示して、それを見学するためでした。翌日、地図展を見学したあとJR東海武豊線の大府から豊武まで乗車しました。なんとなく気にかかっていた路線でした。

武豊に到着した武豊線の313系

 

 

 武豊に到着してから名鉄の知多武豊まで歩きました。ここから富貴まで名鉄に乗り、まず知多新線で内海へ、富貴に再び戻って河和へ向かいました。河和から河和線で太田川へ、そして常滑線、空港線で中部国際空港に乗り、知多半島の鉄道をほぼ制覇しました。

河和の9500・9100系

 

 

 下旬に再度東京を訪れました。新千歳空港から成田空港へ向かい、京成、北総線などを使い都心に向かいました。成田空港から京成スカイアクセス特急で印旛日本医大へ、続いて北総線で京成高砂、次に金町線に乗車し、JR金町から松戸へ行き、京成松戸線に乗り換え京成津田沼まで乗りました。これで京成電鉄は完乗したことになります。

印旛日本医大で列車を待っているとスカイライナーが通過

 

 

 その翌朝、伊豆箱根鉄道大雄山線に乗るために品川から東海道本線で小田原へ向かいました。大雄山線は大雄山まで全長9.6㌔。車内はドアに鉄道員のお話があったり、壁には花のイラストがあったりで、とても温かい雰囲気でした。

大雄山線は開業100周年(大雄山駅)

 

【11月】

 長野県松本市で会合がありましたので、アルピコ交通上高地線に乗ってみました。松本から14.4㌔の先に終点の新島々があります。市街地を抜けて、徐々に山が迫った所で新島々が現れます。

新島々の20100系

 

 同県の木祖村に「お六櫛」の実演を見るため訪れましたが、伝統の技術に目を見張りました。見学場所の近くにD51-238が保存されていました。車体はピカピカで運転席にも入れました。村長さんに聞いたところ、役場で塗料を用意しましたが、塗ったのはボランティアの村民の方々だそうです。村長さんも参加されました。

保存状態のよいD51-238

 

※次回は1月19日ころ更新します。


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