カムイモシリ

カムイモシリ 第八回

和田山 明彦 作(釧路管内標茶町在住)

 一九七六年。

 赤嶺にとって、大学を卒業してすぐに大手のゼネコンに入社したことは正解だった。ただ、自分の努力で切り開いた未来ではない。担当教授が段取りを付けてくれた。そのレールに乗っただけという意識しかなかった。当然、教授にアピールできたことは、自分の才能であることに間違いないという独善的な考えを忘れるはずはなかったのだが・・・。

 コンピューター技師としての入社だったが、室長である上司は、最新のコンピューターの知識に疎(うと)い。室長は、赤嶺の五年先輩のリーダーとコミュニケーションを多く取っていたが、プログラミング自体を指示することはできない。各部署からの要望を伝えるだけだった。ただ、プログラミング技師は建築のプロではない。強度計算などのプログラムを作るには、各部署の要望を的確に指示することのできる人物が必要だった。室長は、まさに、その役目としての存在だった。

 プログラミング技師は、赤嶺を含め十名。それぞれが、キーボードを前にしてモニターとにらめっこの生活だ。コンピューターの本体は隣の部屋に鎮座していた。その部屋は、コンピューターの発する熱を冷却するため、強力に冷房を利かせていた。

 入社した会社に備わっていたコンピューターは、赤嶺が大学で扱っていたコンピューターより新しい機種だった。計算スピードが早い。資料の到着が待ち遠しいほど熱中できた。しかし、すべてが順調ということではない。設計部門の古参の技師達にとっては、建築の素人が扱う機械任せということに抵抗感があるらしい。まだ、急ぎの仕事を仕方なくという意識だった。

 会社の役員は、オイルショックとその後に続くプラザ合意による不景気からの脱却に、コンピューターの多用による合理化を考えているようだが、合理化の対象となる古参の設計技師陣にとっては、なおさら抵抗感が強かった。

 ある日、赤嶺達は超大型公共工事の図面を精査していた。役員より、膨大な図面の精査をコンピューターによって作業することを指示されたのだ。

 赤嶺達プログラミング技師は、手分けして作業を進めた。工事は、新人の赤嶺が見たこともない大きなプロジェクトだったが、コンピューターにそんな自覚は無い。ただ黙々と、打ち込まれた数式を組み立てていくだけだ。当然、赤嶺達もそれまで経験していた小規模建築の延長でしかない。何気にキーボードを扱うだけだった。

 一人、室長が浮かない顔をしていた。リーダーにさりげなく言った。

 「何事も無ければいいが・・・」

 元々、この部署ができた時に、初代の室長として配置された人物だ。当初、社内では得体の知らない作業をする所として、定年までの閑職に追われたとの噂が立つほど注目を浴びていなかった。もちろん、閑職どころか将来を支える部署として、役員会で承認された期待の分野だったのだが・・・。

 今回は、これだけ規模が大きな工事になると、今までであれば、各部署の連絡ミスや、チェックミスなどの人為的ミスによる設計の手直しが頻発していた。そのような事態が、コンピューターを導入することにより、最初の図面に対する信頼性が高まるとの判断から、コンピューター導入を強く推した役員会の指示で始められたことだった。

 室長の悩みは、この部署に求められた人為的エラーの発見が、さらなる対立を生むという懸念があるからだ。古参の技師達にしてみれば、建築に対し、、何も知識のない若造から誤りを指摘される結果となる。気分が良いはずがない。その非難の声は、必然的に、古くからの知り合いでもある室長に集中する。室長は祈るような気持ちで結果を待った。

 若い部下達にそんな室長に配慮をする気はサラサラない。早速、不備を見付けた。設計は複数の人間が手分けして製作し、その後、組み立てる。担当区域が離れた箇所にある二ヶ所のボルトの強度が足りない。その単体の強度としては間に合うのだが、組み合わさると足りなくなる。プログラマーは無造作に問題点をはじき出した。

 赤嶺も、不思議な個所を見つけた。周りの部位と合わせてみても、極端に強度が過剰だ。全体の組み立て図を持ち出し計算し直した。やはり過剰だ。部位代は百万単位。計算すると、この一か所だけで五百万以上の節約になる。この場所を担当した設計士は、周りの担当者に迷惑を掛けまいと、余裕を持たせたのだろう。数百億の物件に数千万の余裕は当たり前ということか?

 強度不足は、設計者にしてみれば、設計者同士の連携不足ということで納得してくれる。しかし、無駄と思っても、仲間に対する忖度で決めた過剰な部品強度に対する案件を否定されることは、今までの慣習では受け入れてもらえるか疑問だ。赤嶺は、そこまで考えてみた。その査定資料を他の案件の間に密かに潜り込ませることにした。

 設計室で三週間以上掛けて精査する仕事を情報処理室は三日間で終わらせた。それも驚きを持って受け止められた。反コンピューターの派閥は半信半疑だ。役員に渡された最終図面と訂正箇所を一覧した書面は、翌日には設計部門に知らされた。案の定、第二設計室長と主任設計士が情報処理室に怒鳴り込んできた。

 「責任者はどこだ!」

 赤嶺達若い技師は、画面から顔を外すことは無い。無視だ。室長が対応した。

 「どのような要件ですか?」

 先日、作業が終わる頃合いを見計らい、常務がやって来て仕上がりを待って行った。室長は、見直しを確認する間も与えられず手渡さなければならなかった。どこに問題があるのか分からないのだ。

 「細かな強度不足はいい。しかし、これはなんだ! 俺達の設計に文句があるのか?」

 赤嶺は、その言葉に、自分が指摘した過剰強度の部材だと判断した。室長はその書類を見落としていた。開き直るしかない。

 「強度不足が問題無いとは思いませんけれどね・・・。確かに、工事に入ってから、同時に見直しを進めるというのが今までの慣習だったかもしれませんが、その為に、何週間も無駄な工期の延長を必要としていました。今回も、その日にちを見込んだ工期となっていましたが、必要のない何千万という経費を垂れ流すほど景気は良くありませんよ」

 設計室長たちの怒りから、顔が赤くなるのが傍目にも分かった。

 「いいか! 慣習から外れた手法は、現場にも影響する。ここに居る連中は現場のことを知っているのか!」

 赤嶺達を指差し、怒りから身体が戦慄(わなな)いている。室長は、ここに来てさらに開き直ったようだ。

 「私も含めて、現場のことは知りません。私は元々総務畑ですので・・・。でも、会社の危機は理解しています。オイルショック以降、じり貧の建設業界を生き抜く手立てを教えてくれたら、私は、あなた方に土下座しましょう。」

 赤嶺は、返す言葉に注目した。しかし、沈黙だけだ。

 「現場に事故があっても知らないぞ!」

 捨て台詞を吐いて、踵(きびす)を返し出て言った。

 室長は、大きく溜息を吐いた。はたから見ても、冷や汗が光っているのが見える。赤嶺は、室長の毅然とした姿を始めて見た。さすが、大手ゼネコンで生き抜いてきた人物だと感心した。

 怒りの嵐を送り出すと、振り向きながら言った。

 「この修正点を見つけたのは誰だ? 構造の問題ではなく、経費の問題だろう? 事前に知らせてくれよ」

 赤嶺は、静かに手を上げた。

 「私です。百万円以上の無駄を拾い上げるようプログラムしたもので・・・。その中でも、その部位は極端です。あとで調べたら、周りの接合部も合わせると、二千万円以上の無駄と出ました。メーカーへの作り直しを進言してあるのですが、私は建築の内情を知らないので・・・。それでも、まだ、遠慮したつもりですけれど・・・」

 室長は頭を抱えた。

 「まぁ、いいか? 今回は、広く知れ渡った資材だから、下請けへの発注はすんなりいくからいいけれど、今度、こういう事案が出たら知らせてくれ。俺も建築家のはしくれだ」

 大なり小なり、情報処理室に対する苦情は後を絶たなかった。しかし、正論はこちら側にある。不況の中でも、社の収益は、僅かではあるが伸びていた。当然コンピューター室の働きが影響していることは明らかだ。次第に、情報処理室は特別な地位に祭り上げられるようになった。赤嶺の感覚では、社内において、自分達プログラマーは貴族のような存在だ。そこに逆らえば潰される。特権意識が芽生えてきた。

 バブル経済が始まると、情報処理室は活況を呈した。すべての部署から注目を浴びる赤嶺達は、給与も自然とエリート並みの待遇となり、同世代の社員の羨望の的となっていた。

 早出や泊まりは日常となり、休日出勤は当たり前となった。しかも、設計や構造計算など、本業に通じる業務に限らない。会計処理の延長として、資金の運用や予測まで依頼を受けるようになった。おかげで給与の桁が増えていく。  

 資金運用の予想計算は情報処理室に特異の地位をもたらした。役員が個人的な資産の運用に情報処理室を悪用し始めたのだ。タックスヘイブンの国に口座を開設し、その運用の指揮まで任せようとした。必然的に、情報処理室は会社の伏魔殿となった。

 情報処理室では、役職も廃止となり、室長の下に、リーダー、サブリーダー、そして、赤嶺達プログラミングマネージャーという呼称しかない。役員が係長クラスの目をうかがう事態を避けたかったのだろう。当然、赤嶺達も、他の部署にいる同期や先輩達からも、羨望と妬みの目で見られるようになる。

 赤嶺はそれでも平気だった。元来、人と同等に交わるのが苦手だ。優越感と自尊心だけが維持されればそれでいい。いくら、残業が増えようと、気持ちは穏やかだった。

 次第に、平の役員までが、情報処理室室長の目をうかがうようになり、羨望と妬み、そして弱みを握られた恐怖がピークになった。そのような状況になったとき、室長は、破格の退職金を手土産に、海外のリゾート地に豪邸を手に入れて、社を去った。

 定年を五年も早め、早期退職とされたが、社員の噂では、弱みを握った室長がお偉方を恐喝して、ひと財産を手に入れたというものだったのだが、赤嶺は、室長の本心を聞かされていた。

 赤嶺は、野心をひけらかすことはない。傍から見ると、穏やかな、優しさにあふれた人格に見られていた。室長も、打ち明けやすかったのだろう。赤嶺本人は、気の弱い、意気地なしの性格から、無関心を良としか認識していなかっただけなのだが・・・。

 ある日、残業に一人残っていた赤嶺に言った。

 「疲れたなぁ。家に帰っても、女房はいつも寝ていて、目を合わすこともない。給料は高額だから文句はないだろうが・・・。俺、退職するよ。この部屋に何百年も居座った気がする。これ以上、役員の連中と目を合わせるのはご免だ。お前も考えろよ。独身の時はいいけれど、家庭を持つようになる前に転職を考えた方がいい」

 赤嶺は室長の考えを理解した。入社してから、冷たい目で見られることもあった情報処理室が、バブルと共にいつの間にか、特異の地位を持つ部署に祭り上げられていた。赤嶺は相変わらず設計部からの資料とのにらめっこでいたが、リーダーやサブリーダーの一人はこそこそと内職をするように別メニューに励んでいた。この部屋では、サーバーを介して情報は共有している。もちろん、室外には守秘が義務化されているが、共犯としたかったのか、赤嶺にも強制的に分析を頼んできた。赤嶺は漫然とキーボードを操作するだけだ。赤嶺にとって、正義感も罪悪感も意味をなさなかった。

 室長はこのバブルの日本から逃げたかったのだ。人の良い室長は、バブルという餌を与えられた狼達に立ち向かうのに疲れ切っていた。過大な義務と使命に押しつぶされたのだ。

 赤嶺には室長の気持ちは理解できたが、臨機応変に立ち振る舞う技量は持ち合わせていない。与えられた運命に、逆らうことなく流されてきた。

 残業が次第に身体をむしばみ始めていた。しかし、赤嶺は、周りに気を使わなくてもいい仕事に埋没して、その異変に気付かない。

 新室長には、情報処理室内におけるすべての秘密を握るリーダーが就任した。サブリーダーで、例の内職を仕切っていた者が新リーダーとなった。赤嶺は自動的にサブリーダーとなり、部下を持つ身分になったのだが、内職を割り当てられる機会は少なくなった。その器はないということだ。

 ある日、目の焦点が合わなくなった。視力に自信のあった赤嶺は、モニターの見すぎによる視力低下と理解したが、あまりにも急速な悪化だ。異変の始まりだった。次第に、身体中に発疹ができたり、手足がしびれたりしてきた。しまいには、顔面の痙攣だ。

 ここでリタイヤしたらと、将来に不安を感じた。病院に走った。極度の疲労に、自律神経がいかれてきたということだ。二週間の入院を課せられた。

 コンピューターを取り上げられ、点滴につながれて、不安と格闘している時、赤嶺はめぐみと知り合った。めぐみは、不安に曇る赤嶺に明るく接し、励ましてくれた。親身に接するめぐみが新鮮だった。赤嶺が初めて知った女性の温もりだ。看護師としての職業的振舞とは考えなかった。

 恋人と称する人は数人経験していたが、世の絶頂にいる赤嶺は、常に高飛車な態度に終始していた。思い返せば身勝手な振舞だ。別れても苦にならなかった。しかし、めぐみは違う。自分の弱さを開け広げた状態の赤嶺に、寄り添うような温かさを感じさせた。弱みを打ち明ける抵抗を感じさせない女性だった。

 赤嶺は猛烈にアタックした。弱みは既に出払っている。しかし、仕事は秘密にしていた。単なるサラリーマンだ。収入を語ると、彼女に対し、自分が軽くなるような気がした。素の自分で勝負だ。

 めぐみは、次第に赤嶺を意識した。本来、赤嶺は優しい。自宅に誘うこともしない。なぜなら、都心の一等地にあるマンションは、同世代のサラリーマンの月収では到底入居できるレベルの代物ではない。めぐみが引くのは目に見えている。それが、幸いした。紳士的な赤嶺に心を許すようになった。高級な食事も赤嶺には縁がない。バブル真只中にして、世の流行も知らない。めぐみは、素朴な雰囲気を醸し出す赤嶺を信頼し始めた。

 赤嶺は、めぐみと知り合ってから、残業を極力減らすようにした。ドクターストップという言い訳が役に立った。部下を持つようになった赤嶺は仕事のやりくりも要領よくこなせるようになっていた。新室長は内職を赤嶺に強要することはない。むしろ、役員の弱みを一手に握ることに快感を持っている。それも幸いした。

 赤嶺は婚約を了承してくれためぐみに、すべてを打ち明けることにした。

 「実は、話したい事があるんだ」今日は、初めてフレンチの高級レストランを予約していた。一世一代の晴れ舞台だ。「隠すつもりはなかったんだけれど・・・。僕の月給は、二百万を軽く超える。ゼネコンの社員というのは本当だけれども、プログラミングの技師をしているんだ。残業続きで、それで、入院する羽目になった」

 めぐみは優しく答えた。

 「私も告白する。知っていたの。お見舞いに来た同僚の人が話してくれた。すごい収入があるって・・・。でも、そんな素振りを見せなかったから好きになったの」
 赤嶺はめぐみと結婚した。住まいも、家賃を倹約するため、めぐみの見立てたアパートに変えた。子供にも恵まれ、美沙と沙理と名付けた娘二人との家庭生活は充実していた。

 時代は赤嶺を人が羨む地位へと持ち上げた。子供の成長と共に、手狭になったアパートから、若くして都心にマンションを買った。めぐみの裁量で、十分に貯えができ、八割の頭金という条件で、豪華なマンションを手に入れた。

 独身時代は考えもしなかった里帰りも、娘達に沖縄の空と海を体験させたいと、仕事の合間に慌ただしくも実行した。意識は別になかったが、酒が飲めない赤嶺でも、自分が手に入れた物を見せびらかすように友人達と宴会三昧だ。出る話は赤嶺の仕事の内容に終始した。プログラミングの仕事は時代を先駆ける最先端の職種だ。

 モデルのように美しい妻、都心の豪華な自宅マンション、可愛い娘たち、そして、何より一流会社の高給取り。沖縄の優しい風の中で、自分の将来を重ね、思いを巡らすことが楽しかった。当然、妬みの対象となったが、赤嶺にその自覚は無い。 

 公務員として実直な父は、長男が地元の市役所、弟が大手ゼネコンのエリートと、理想の進路に満足していた。

 時代は巡る。バブルが弾けると同時に、次第に、パソコンが普及し始めた。簡単なプログラムの操作は、それぞれの部署に設置されたパソコンが重宝されるようになった。

 インターネットが普及するようになると、デスク一つにパソコン一台の時代が来た。書類を持って部屋を走り回る必要もない。すべてのデータは各個人がサーバーを介してやり取りするようになった。基本プログラミングができると、各部署で仕上げるようになり、赤嶺が所属する情報処理室の業務内容は、基本プログラミングは残っていたが、社内サーバーやパソコンのメンテナンスの比率が高くなってきた。

 赤嶺の入社当時の同僚たちは、いち早く時代を感じ、IT産業に転職したり、起業したりして、見る間に数が少なくなってきた。残業も少なくなり、給与も目減りした。入ってくる噂は、転職した同僚達の成功した話ばかりだ。

 妻からも転職を促された。もちろん赤嶺も考えた。元同僚から情報を聞かされ、転職の誘いも受けた。しかし、常に昔の悪しき虫が湧いてくる。意気地なしだ。しかも、自尊心は一丁前だ。虚栄心の塊だ。どうすれば、すべての条件を満たされるのか? 

 社に残っていると、設計部との付き合いは少なくなったが、デザイン部との付き合いは増えた。将来を見据えた未来の建造物をデザインするための計算は、プログラム技術の専門的知識がまだまだ必要とされる分野だった。それはそれで夢を持たせてくれる。赤嶺が学生時代に夢見たNASAの世界に通じる。仕事自体は楽しかった。しかし、収益に結びつかない事業に、いくら頑張ってもお遊び感が拭えない。それより、役員や社長、会長までが、赤嶺のパソコン知識を当てにして助言を求めてきた。パソコンの家庭教師だ。上層部の人間と公私を越えてつながる地位は、とりあえず、虚栄心を満たしてくれる。しかし、いつまでこの地位が維持されるのか? 先が見えない。次第に、自分の行く末に不安を感じ始めていた。

 意気地なしの赤嶺に、もう、他に拠り所を求める当てがない。抽斗(ひきだし)その物が存在しない。家族を抱えた赤嶺は、選択の余地を漁る姿勢を封印せざるを得なかった。

 ある日の朝、早出していた赤嶺は、社用のため外出した。ちょうど出勤ラッシュと重なり、新橋の高架に差し掛かった時、下の道路に蠢(うごめ)く人の波に、意識が吸い込まれるような感覚に見舞われた。見慣れたいつもの景色だったが、今日はどこか変だ。人の動きが渦を巻き、赤嶺の意識を吸い込んでいく。息苦しさに目を閉じた。深呼吸を繰り返してみた。電車の乗客は沈黙を通す。車内には電車の発する音しかしない。次第に、電車の音まで消えてゆく。視野が失われていく。その後の記憶が飛んだ。

 気が付くと、病院のベッドの上に居た。どのくらい眠っていたのだろう? めぐみが傍らに座っていた。

 「気が付いた? 大丈夫? 先生は、身体は何ともないと・・・」

 「分からない。本当に自覚が無いんだ。ただ、意識が吸い取られるようになって・・・。その後は・・・」

 診断は、強いストレスによる意識障害ということだ。心療内科に転院させられた。ベッドにいると、不思議に心が休まる。子供達の笑顔が嬉しい。見舞いに来る同僚達と冗談を言い合う心境にもなる。しかし、新橋で見た人の蠢きをもう一度目にする自信はない。

 この頃、めぐみは看護師に復職していた。子供達は、めぐみの両親の助けを借りながらも、十分家事を手伝えるようになっていた。

 赤嶺の収入が減って来たとはいえ、妻の協力のもと、残されたマンションのローン返済の目途もたっている。問題は、自分が復職したとして、あの電車に乗ることができるかだ。見知らぬ人間という塊に揉まれる想像をすると、あの時の、意識が吸い取られる感覚が蘇る。所詮、赤嶺は沖縄の自然の中で産まれた人間だ。人間のみで構成される社会構造の中では、鎧で覆われた姿でしか生きていけないということか?

 ある日、赤嶺がサブリーダーになったときに退社して起業した、後輩の矢野光男が見舞いに来た。この頃になると同僚達は義務的に見舞いには来るが、ストレスによる意識障害という他人事ではない病名に、どうやら、怯(ひる)んでいるようだ。なぜかよそよそしい。

 矢野は、以前から赤嶺に接触していた。目的があったからだ。赤嶺は薄々気付いていたが、あえて、その話題から避けていた。

 矢野が退職後に起業したIT企業は、パソコンの普及と共に急成長していた。起業してすぐに赤嶺を誘いに来たが、その時、別人が赤嶺を誘っていた。赤嶺がかたくなに固辞する姿に、その時、誘い話は封印した。家族の安定を最優先にしたいという理由付けをしていた。

 野心に突き動く赤嶺の姿は想像できない。他人に対抗して、敵を作っても目的を成し遂げる、赤嶺はそういう人達の対極に存在する人物だ。しかし、赤嶺のプログラミングは、パソコンに疎い人にも分かりやすく、しかも、機能的に優れたセンスは誰にも真似ができない。

 パソコンの普及は、世代を超えて広がり始めている。 中高年も、仕事上、止むを得ずパソコンに取り込まなければならなくなる。是非とも、赤嶺の感性が欲しかった。矢野は、話すのは今日しかないと決めていた。

 午前中は、診察や、会社関係の人達が来る。サブリーダーとなった赤嶺の指示がなければ動けない新人だ。ノートパソコンを持ち込み、指示を仰いでいた。当然、病院は渋い顔だ。矢野も部屋の外で見舞客が引き払うのを待っていた。

 昼過ぎ、ようやく、静かな病室に戻った。矢野は、率直に話し始めた。

 「赤嶺さん、私のところで働きませんか? 赤嶺さんの感性が、是非とも必要なんです」

 赤嶺は、うつむき加減で答えた。

 「私は、ここでは生活できない。医者からは、転居を進められているが、子供の教育を考えると頭が痛いよ」

 矢野は諦めなかった。

 「また来ます。返事はその時でよろしいので・・・。ただ、うちの会社は、在宅でもこなせます。実際、子育ての女性は、時々顔を見せるだけで、自宅での仕事が基本です」矢野はもう一歩踏み込むことにした。「もし、社員が無理なら、フリーランスとして契約して頂くという手もあります。ご存知ではないですか? 赤嶺さんの先輩で、石井さんですが、あの方は、室長が退職したとき、後を追うように退職して、今、クアラルンプールに住んでいます」

 赤嶺は思い出した。室長が辞めたとき、新しく室長になるリーダーと反目していた石井も辞職していたことを・・・。矢野は必死になっていた。話を続けた。

 「石井さんは、フリーランスで働いてもらっています。石井さんは三年契約でして、契約更新にハンコをお願いするだけです。フリーランスの名簿のトップに赤嶺さんの名を載せます。何年契約でもいいです」

 病室の外では、めぐみが話を聞いていた。矢野は、必死のあまり声が大きくなっていた。はっきりと聞き取ることができた。めぐみは、その場を離れ、出しゃばることを避けた。病室から離れた談話室に行き、思いに耽(ふけ)った。

 めぐみは、赤嶺の気持ちを理解していた。冒険のできる人ではない。かといって、他人に、しかも、後輩に頭を下げるだけの器量も無い。でも、フリーランスという身分なら、受け入れられるのではないか? 収入は不安定になるかもしれない。でも、いざとなれば、マンションを手放してもいい。生活は、看護師の仕事と、今までの貯えがある。

 矢野が帰っていく姿を確認した。いい返事をもらえなかったようだ。少し項垂(うなだ)れている。病室に向かいながら決めていた。今後のことは赤嶺に委ねる。これ以上、精神を病んではいけない。

 病室では、赤嶺が深刻な顔で考え込んでいた。その様子に、めぐみはあえて明るく振舞いながら病室に入っていった。

 「今、矢野さんを見たけれど、またいらっしゃったのね」
 赤嶺は驚いた。今日は早番で、昼まで勤務だったはずだ。

 「こんな時間にどうした? 昼まで勤務のはずだろう? 無理しないでよ」

 めぐみは言った。

 「無理はしてないわよ。あなたがお手本でしょ? 少し引継ぎが遅れたので、子供達が帰る前までに帰れればと思って・・・」

 赤嶺は笑顔を見せた。めぐみは、その笑顔が無理して作られた姿だと分かった。本当は、悩んでいるはずだ。赤嶺の言葉をじっと待っていた。赤嶺はその沈黙に促され決断した。

 「めぐみ、聞いてくれ。俺は東京を離れる。どこに行くかは、これから検討ということだけど・・・」しばし言葉を切り、開き直るように続けた。「木こりにでもなるかな? 山で暮らし、山仕事をしながら、矢野の会社とフリーランスの契約をして、プログラミングの仕事は続ける。一緒に来てくれとは言えないな? 単身赴任ということかな?」

 めぐみは驚いた。せいぜい郊外か、赤嶺の故郷に帰ることになるかもしれないと考えていたが、木こりになるという。しかも、どこかは決めてない。しかし、思いつめた赤嶺を見ると、否定することはできない。

 「いいんじゃない。そう言えば、義父さまは沖縄県の森林管理技官でしたっけ? 生まれも山奥だと言っていたものね。発想はそこからかな?」

 赤嶺は安堵した。思わず出た木こりという言葉に、めぐみは反対しなかった。確かに、父親は沖縄県の技官として、全島を渡り歩いていた。定年退職して、赤嶺のプレゼントしたうるま市の家に住んでいる。しかし、林業関係に就くのは、父親に敗北を認めるようで、別の自然を相手にする仕事を発想した。確かに、山の中では、あのようなストレス症状は発生しないだろう。

 めぐみには賛同を得たと理解した。赤嶺はその夜、ノートパソコンを開き、情報を漁った。全国、いたるところに林業の研修センターがある。赤嶺は、東京近郊は省いた。九州・沖縄も省く。里に近いところは、どこか、気が引けた。それに、暑い中の山仕事は体力的に自信が無い。

 漠然と木こりと言う職業を思い浮かべていた。まったく知らない世界に飛び込む勇気は、当然身に付いていない。幼い時、父親と歩いた森林を思い浮かべていた。少しでも想像が及ぶ世界しか飛び込む勇気がない。

 赤嶺は矢野にフリーランス契約をお願いすることにした。矢野の話によると、最盛期の時とはいかないが、今より、はるかに高額の年収になりそうだ。子供達にはあのマンションから通学してもらいたかった。入居者は有名企業の役員や社長、医者・弁護士など、地位のある者達ばかりだが、赤嶺も大手ゼネコンの社長や役員と対等に渡り合い、会食をする立場にあった。

 めぐみは見栄とは無縁の人間だが、赤嶺は違った。密かに、めぐみが肩身の狭い想いに駆られていないか心配していた。看護師に復帰する時も、陰では、自分の不甲斐無さを悔やみ、本心では否定的だった。

 単なる木こりでは不足だ。実技を知らない赤嶺には、最初から一流の木こりになるのは無理な話だ。しかし、東京人が憧れる自然あふれる世界に戻れるだけでいい。憧れの自然の中で生活し、ITの旗手としての地位も維持できる。これだ! 赤嶺は、途端に生き生きとしてきた。

 山仕事は苦にならない。幼い頃の空気の香りは身に付いているはずだ。そして、幼い時から嫌なことから逃れる場所は裏山だった。

 候補は三か所に絞った。北アルプスと白神山地、そして、釧路湿原だ。いずれも知名度は抜群だ。

 決めた。沖縄人が憧れの北海道釧路湿原だ。丹頂鶴をめぐみや子供達に見せられる。決まると早かった。住まいは、とりあえず研修センターの寮ということになるが、半年の研修後、就職を斡旋してくれる。その間に、ログハウスを建てよう。ログハウス専門の建築屋も北海道には結構あるようだ。土地は、やはり湿原の近くが良い。

 具体性が伴うと生活設計が楽しくなった。研修センターは随時受け入れてくれそうだ。めぐみには、負担を掛けたくない。当初はプログラミングにも精を出し、ログハウスの資金は自分で稼ぐことにしよう。しかも、マンションのローンもわずかだが残っている。

 気持ちがまだ見ぬ釧路湿原に飛ぶと、山に憩う姿を夢想し、身体に生気がよみがえるのを感じた。

 逃避行には北国がよく似合う。昔からの習わしのように、自然と北海道に発想が及んだ。ポジティブに発想をコントロールしていたが、心のどこかで逃避の思いが潜んでいるのだろうか? 病院のベッドの上で、ひとり苦笑いをする姿に恥ずかしくなり、思わず辺りを見回した。

 逃避行でもいい。山はどこでも同じだ。綺麗な空気を胸一杯に吸い込めれば気が晴れる。矢野には、釧路湿原で仙人のような生活をすることにしたと話そう。プログラマーと仙人の二重生活だ。

 実は、後輩に頭を下げて生活を続けることに屈辱感を持っていた。矢野が早々に辞表を出し、起業した時は、妬みを持って見守っていた。その後、次々と起業やIT企業に転職する同僚が社を後にしていったが、赤嶺には元仲間や銀行家に頭を下げる器量はなかった。新しいIT企業の社風に身を預けるほどの器用さもなかった。負け犬のように、ゼネコンの閑職に居座り続けた。近所の目からは、以前の栄光に輝く地位を想像してくれていたのが、せめてもの救いだったが・・・。

 しかし、仙人とは良いアイデアだ。同僚や成功を収めた後輩達にも、特異な生き方に優越感を維持できる。四十二才にして、子供のころの発想に取り付かれていることに、今さらながら驚かされたが、この発想は心が休まる。それが大事だった。

続く(次回更新:10月27日火曜日)

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