カムイモシリ

カムイモシリ 第十二回

和田山 明彦 作(釧路管内標茶町在住)

 一九九六年。この土地で初めての新年を迎える。

 三十日、大晦日の前日、めぐみが来る日だ。赤嶺は、山の仕事もプログラムの仕事も、その前日から休むことにしていた。今日は、釧路空港へ迎えに行き、帰りがけに正月の買い物をすることにしていた。隣の庄司から、正月用にと飼育していた牛肉のお裾分けを頂いていた。子供達にはお年玉も用意した。

 山で仕事をして、山で暮らし、自分がどのように変わったのか、自分では判断できないが、明らかなのは、日々、幸福感に抱かれ、ストレスも無く、自分に素直になれていることだ。

 これからめぐみに会えば、その心の移ろいが、見た目にどのように影響しているかがはっきりと判明するだろう。何の戸惑いも無く、素直にめぐみに言葉を掛けることができるだろう。早くめぐみに会いたい。以前は考えられない素直な気持ちの変化に我ながら驚かされた。

 赤嶺は待ちきれず、到着時刻よりも一時間近く前に釧路空港に着いた。この日のために、七人乗りのミニバンの四駆を手に入れていた。新車は、めぐみに白い目で見られそうなので、四万㎞走行の中古を買った。

 東京を出る前まで、マンションのローン返済のため、それまでの貯えを切り崩していたとはいえ、かなりの貯蓄が残っていた。ローンを一括で払っても影響がないほどの金額だった。こちらに移住してからも、矢野の仕事の依頼だけで、マンションとログハウスのローンを払いながらも、結構貯えができた。当然、新車を買うこともできたが、こちらの生活では、お金に換えられない価値を見出していた。というより、東京では生活用品の買い物をしたことがない。自分の着る物も、すべて、めぐみに任せていた。普段の食料の買い出しで店に出向くのも新鮮に感じていた。物を買いそろえることに頓着する習慣が元々持ち合わせていない。

 家族が到着ロビーに顔を出した。美沙と沙理は、赤嶺の顔を見て飛び出してきた。めぐみは、荷物を受け取らなければならない。笑顔で手を振っている。

 赤嶺は子供達を抱きしめた。美沙は年ごろになって来たのか恥ずかしそうだ。久しぶりに家族の温もりを感じ、顔のほころびが止まらない。めぐみが出てきた。赤嶺は自然にハグした。めぐみは驚いた顔をしている。東京では、そんな赤嶺の仕草を見たことがない。嬉しそうに言った。

 「一体どうしたの? こんなあなたを見たことがない」

 赤嶺は言った。

 「山で暮らして、人が恋しくなったのかな?」

 駐車場に向かう赤嶺と子供達がはしゃぎながら歩く姿を見て、めぐみは、今回の決断が正しかったことを確信した。

 めぐみは、看護師という職場で生きがいを見出し、毎日を充実して暮らしている。子供達も、学校や習い事に意欲を示し、素直に成長している。赤嶺だけが暮らしにストレスを感じ身体まで壊してしまった。

 今日、赤嶺の姿を見て同じ人間とは思えなかった。外仕事で日焼けして、髪も伸び、キャップでごまかしている。退職前の都会的なセンスは微塵もない。 

 外見だけではない。優しさは昔からあったが、以前は、弱さを背景にした自信なさげの優しさだった。今は、心の中を素直に表現しているのだろう、とても厚い笑顔を見せている。子供達とあんなにはしゃぐ赤嶺をみるのも初めてだ。買い物を済ませ、塘路湖に向かいながら釧路湿原を案内し、展望施設に立ち寄り、湿原の生態の話を解説してくれる。実際にその中で活動してる者だけが知り得る話なのだろう、子供達は目を丸くして聞いている。めぐみも話の中に入ることにした。赤嶺の笑顔に吸い込まれそうだ。

 「丹頂鶴は見えないかしら? 湿原に居るって聞いたけれど?」

 赤嶺は相変わらず笑顔で答えた。

 「雪が積もってから、餌を求めて人里の給仕場に集まっているよ。うちの庭にも来る時がある。春になり、暖かくなると卵を抱くために湿原に戻るんだ。明日にでも、給仕場に見に行こうか? 穴場があるんだ」

 塘路は湿原を挟んで空港の対岸にある。湿原を横断する道路を渡り、塘路湖に向かった。子供達はもちろん、めぐみも見慣れない広大な景色の連続に興奮する。塘路に着いて、交差点を右折する。左に塘路湖を望みながらログハウスに近付いた。鹿が道路を横断する。キツネが路肩でうろつく。その自然の営みに溢れた景色と共に、ログハウスが鎮座する敷地に入った。正面には雪の中にそびえるログハウス。

 赤嶺は、車を止め、家族に言った。

 「ここが北海道の家だよ。暖かくしてるので、早速入ろう」

 ログハウスに入ると、子供達は家中を走り回った。めぐみは台所など水回りの確認に余念がない。

 「壁を見ると、完全にログハウスだけれど、設備は最新のマンションと変わらないわね。すごい! こっちが仕事部屋?」

 めぐみは、戸を開け、モニターが並んだ部屋に入った。机の後ろにはファイルが並べられている。子供達はその部屋には関心を示さない。向かったのは薪ストーブのところだ。 

 めぐみはパソコンが並んだ仕事部屋を見ながら言った。

 「外を見渡せる窓があるのね。林が広がっていて落ち着いた雰囲気が良いわ」

 めぐみは山の仕事を知らない。見慣れたプログラミングの作業環境しか評価できない。

 リビングのソファーに座り、荷物の整理を始めた。食材を整理して、正月の料理を作り始

 めるようだ。台所に運び、冷蔵庫を開けた。庄司から頂いた牛肉が入っている。

 「このお肉はどうしたの?」

 「隣の庄司さんが、正月用にと分けてくれた。自分のところで、食用に飼育していた牛らしい。家族が来ると言っていたから、いいところを持ってきてくれた」

 「へえ~、すごいわね。ステーキにする? でも、多いわね。ローストビーフも作って、保存しときましょう。今年の正月は牛肉尽くしだわ。お隣さんにも挨拶しなければね」

 「三日に帰るんだろう? この塘路で世話になった人がもう一人いる。年が明けたら、挨拶に行こう。年始の挨拶用の、頼んでいた物はどこだ?」

 「鞄に入っているけれど、元旦から迷惑じゃないの?」

 「向こうから誘われているんだ。隣の庄司さんは牛飼いだから正月も無く仕事してる。時間を見ていけば迷惑を掛けないよ。もう一人は、郵便局員で、やはり、仕事だ。夕方になればいいと思うよ」

 めぐみは赤嶺と何気ない正月に向けた会話をすることが新鮮だった。東京では、正月の準備はすべてめぐみがしなければならず、赤嶺は家に居なかった。めぐみは、赤嶺の生活環境の変化がこんなに素晴らしい影響を赤嶺に与えていることに驚いた。同時に、自分が入り込む環境がここには無い。あくまでお客さんの意識が残る。寂しさも感じた。

 今の赤嶺が東京の自宅に来たらどうだろう? 着ている服も、ここではしっくりしているが、マンションのエントランスに現われたら、明らかに不審者だ。東京を離れ一年も経たなくてこの装いだ。赤嶺がもう東京の人ではなくなったことを確信した。

 赤嶺は初めて年の瀬を家族と味わう喜びを感じていた。めぐみが台所に立ち、子供達は薪ストーブの炎とにらめっこしている。これ程の幸福感を味わうのは初めてだった。手持ち無沙汰になり、メールのチェックをしにパソコンに向かった。めぐみが言った。

 「お仕事残っているの?」

 「いや、正月は休むと言っている。メールが入っているかなと思って・・・」

 めぐみと離れた時は、まだ心身共に疲弊していた時だ。めぐみは神経質になっているのだろう。しかし、あえてその話題は避けることにした。今は、当時が嘘のように気持ちが充実している。いつまでも家族と一緒に過ごしていたかった。でも、めぐみには田舎暮らしは無理な話だ。もし仮に実現したとしても、今度は、めぐみが身体を壊す羽目に陥るのが目に見えている。一緒には住めないが、別荘として見てくれればそれでいい。

 その夜、子供達が寝静まってから、めぐみと二人だけの時間を過ごした。めぐみは風呂に入る赤嶺を見て、改めて赤嶺の変化を感じた。四十才を過ぎて、これ程まで筋骨隆々になるとは・・・。身体が引き締まり、男性としての赤嶺に新たに憧れを感じた。

 行動が緩慢だった東京での赤嶺しか知らない。コンピューターに向かう理知的な赤嶺しか知らなかった。今の赤嶺の方がはるかに人間らしい魅力にあふれている。ログハウスという東京ではおとぎ話のような環境のせいもあり、夫を再び愛おしく感じた。

 めぐみはベッドを共に過ごしながら、赤嶺と巡り合った幸せを感じた。離れて暮らすことになったが、子供達は新しい父親の姿に一瞬で馴染んでいる。以前は、家で顔を合わせる機会はほとんどなかった。たまに一緒に食事をしても、表情の薄い父親しか知らなかった。今日になってはじめて父親の力強い愛情に触れたのかもしれない。

 一瞬、私達も移住をすればとの思いがよぎった。しかし、自分には東京の環境しか経験がない。子供達も、目新しさに目を見張っているが、生活となると・・・。

 めぐみはそこまで考えると、もう一つの思いがよぎった。赤嶺を追い込んだのは自分ではなかったのだろうか? 自分が、赤嶺が作り出した環境に酔いしれて、しがみつき、赤嶺を知らず内に追い込むことになったのではないか? 会社での立場が危うくなってきたとき、転職を進め、あのマンションに未練を持つことを強要する素振りを示していたのではないだろうか? 

 薪ストーブの炎の揺らめくほのかな灯りの下、めぐみはおぼろげに思いに耽(ふけ)った。赤嶺は自分達と離れることで人間性を取り戻した。辛い気持ちになりながら、知らず知らずに眠りに就いた。

 翌日、めぐみはおせちを準備し始めた。下準備は東京で済ませていた。子供達は外で雪にまみれている。赤嶺は子供達のもとに行き、裏山のエゾリスの住処を見せてあげた。雪の上に残された、鹿や狐の足跡も見せてあげた。少し離れた所には、丹頂鶴の足跡も見つけた。子供達の感想は、うちわみたいに大きなカラスの足跡みたいで、なんか気持ち悪いとのことだ。姿は美しいが、足跡はやはり鳥なのだから仕方がない。

 赤嶺は、お屠蘇などを買いに行きたいとめぐみが言っていたので、ついでに、丹頂鶴も見せに行くことにした。昼前には台所の仕事もひと段落つきそうだ。

 赤嶺は、三人を乗せ、釧路市に向かった。酒の銘柄の豊富な店で、普段は見向きもしない高級な日本酒を買い求め、めぐみの好きなワインも買った。北海道では古くから名の知れた池田町のワインだ。子供達には、スーパーでお菓子やジュースなどを買い、一路、丹頂が集う穴場に向かった。

 丹頂鶴は、夜は天敵から身を守るため川の浅瀬で休むが、日が上がると、畑などで給餌をする所や、雪が少なければ、デントコーンの収穫後の畑などに集まり、収穫時に散らばったコーンなどの餌にありつく。赤嶺が行くところは、観光客が集まる給餌場ではない。正月は、観光客が大勢集まり、観光向けに整備された給餌場は興ざめする。

 赤嶺は、農家が自主的に牛の配合用に買ったコーンを給餌している所にめぐみ達を案内した。そこは、駐車場もない所で、道路の間近に丹頂の群れが戯れていた。美しい白黒の姿と、赤い頭の印がくっきりと見ることができる。子供達は大はしゃぎだ。めぐみはうっとりと湿原の神の姿を眺めている。

 すぐ目の前に、丹頂鶴が三十羽以上も群れている。子供達は車を降りて、近付こうとした。

 「降りたら駄目だよ! 車に乗っていると、丹頂鶴は人間と認識しない。でも降りると、人間が近付いてきたと認識して逃げてしまう。餌を撒く人も、決まった人でないとダメなんだ。野生の生き物はデリケートなんだよ。野生のルールはしっかりと守らなきゃ」

 赤嶺は、子供達に都会では知りようもない自然に対する心構えを教えたかった。都会にいると、自分の存在は自ら主張していかなければならない。しかし、自然に向き合う生活をしていると、自分の存在がいかに無意味であるのかを思い知らされる。そこにある価値観は、いかに、自然に対応し溶け込むべきかであり、すなわち、自分の存在感を消し去るかだ。そこから、自然との一体感が生まれてくる。

 家に帰る途中、道路わきに鹿の群れが草を食べている光景に出くわした。正面を下ると塘路湖になる。山は雪に覆われ、餌となる草を求めて道路わきの芝のところに集まるのだ。今年は暖冬のせいで雪が少ないとはいえ、すべてが凍る季節になった。鹿の存在が交通の障害になると、車を操る者にとっては身近に感じる危険を認識させられる季節になった。

 子供達はもちろん、めぐみも目を輝かせている。これ程身近に野生の鹿を見るのは初めてだった。しかも、二十頭以上まとまっている。赤嶺は鹿達の悲しい運命を話さなければと思った。

 「鹿は天敵がいなくなり、しかも、栄養豊かな牧草を豊富に食べれるようになると、子供をいっぱい生むようになるんだ。要は人の都合で、過剰に頭数が増えて来たんだよ。これは、自然界にとって悲しいことでもあるんだ」

 安住と庄司から教えられた言葉をそのまま伝えた。子供達は首を傾げている。めぐみが代表するように言った。

 「熊は天敵にならないの? 以前、鹿をくわえてる映像を見たことあるわよ」

 「ヒグマの主食は植物だよ。よほど腹を空かせないかぎり、鹿を襲うことはしない。本来、鹿の天敵は狼だった」

 「でも、山には熊がいるんでしょ? 怖くない?」

 「山に入るとき、いろいろと気を付けることがあるけれど、先輩方から方策を聞かされているよ。明日、挨拶に行こうとしてるお隣さんや、ログハウスの土地を譲ってくれた方は、ベテランのハンターだ。だから、大丈夫だよ」

 家に戻り、めぐみがおせち料理の仕上げに取り掛かった。それが終わると、年越しそばの準備をして、台所から解放される。

 子供達はというと、相変わらず薪ストーブを相手に忙しそうだ。余程気に入ったようだが、気を付けるように忠告することはしない。黙って見守っていた。初めての経験は、貴重だと思った。失敗も含めて・・・。見守るだけだ。

 めぐみが台所から戻って来た。一緒にソファーに座り、子供達を見守っていると、誰かが来た。

 「お~い! 赤ちゃんいるか?」

 庄司だ。急いで出迎えに行った。

 「車が見えたからな。ワイフがこれを持って行けとさ」

 ワカサギの佃煮だ。

 「すみません。ご馳走様です」

 隣にめぐみが来た。

 「これはどうも、隣の庄司です。正月は、実習生が里帰りしてるから、搾乳しなくてはな。ここで失礼するよ。じゃ~な」

 めぐみは、突然やって来て、突然帰っていった庄司に呆気(あっけ)に取られていた。

 「今のが、隣の庄司さん?」

 赤嶺は、笑顔で答えた。

 「とても良い人だよ。おしゃべり好きで、優しくて、思いやり深い。いい人を絵にかいたような人だ。今日は皆が来ているから遠慮したんだな。明日ゆっくり会うとしよう。それより、これは、前の塘路湖で取れたワカサギの佃煮だよ。庄司さんの手作りだ。美味しいよ」

 その夜は、めぐみが用意した年越しそばを食べながら、テレビを見てゆっくりした時間を過ごした。めぐみが言った。

 「こんなにのんびりとお正月を迎えるのは初めてね」

 赤嶺は、前年の正月も、急なメンテナスの依頼で役員の家に呼び出された。要するに、パソコンに疎い役員の、体のいいサービス要員だ。社員は、年末年始に十日間の休みが与えられていたが、家庭用のパソコンサービス会社も年末年始は休みだ。しかし、会社役員と対等に扱われていた赤嶺に、断る発想は無かった。

 子供達は、テレビを見ながら寝てしまった。

 翌日の元旦、予定通り家族を伴い、年始の挨拶に出掛けた。久しぶりに、遅くまで寝ていたせいで、朝食のお雑煮は昼食を兼ねた時間になってしまった。子供達はどこかに遊びに行きたいらしいが、庄司と安住には約束していた。家族を紹介しなければならない。

 庄司の家は、外に出ると視界に入るところにあるのだが、歩いて行くには遠すぎる。お隣さんに行くと言ったが、都会の近所とは訳が違う。車に乗り込み、出発した。北海道は車社会だ。距離的には、直線で三〇〇mという所だが、道路伝いに歩くと倍の距離にはなるだろうか? しかし、何の目印も無い、見渡す限りの牧草地を横にして歩くには、よほどの高揚心がなければ気力が湧かない。

 庄司と安住には前もって連絡していた。昨日は庄司の勇み足だ。安住の家には、年賀状の配達が済む夕方に行く予定だ。

 庄司は手ぐすね引いて待っていた。

 「おうっ、早く上がれ」子供達を促し家に上がった。「いやぁ、待っていたんだぞ。赤ちゃんの家族はどういうもんか、興味津々だったんだぞ。赤ちゃんは、いつも冷静で、物静かで、俺と正反対だからな」

 早速、めぐみに紹介しなければならない。

 「庄司さんや、奥さんにはここでの生活に必要なことをいろいろと世話になっているんだよ」

 めぐみが言った。

 「昨日は挨拶もしませんで、申し訳ありません」

 庄司は透かさず言った。

 「挨拶なんてぇのは、元々苦手だ。いいってことよ。それに、世話なんてしてないぞ。遊びに付き合ってもらってるだけだ。それはそうと、赤ちゃんは、コンピューターをやっているんだって? 息子が、大学から帰ってきたら牛をコンピューター管理したいとぬかしてな。そん時、相談に行くかもしれないぞ」

 「いつでもどうぞ。息子さんはお出かけですか?」

 「搾乳が終わると、すぐに友達と出かけた。正月くらい家に居ろってな」

 奥さんが子供達を誘っている。

 「これから、餌の準備をするんですけれど。お子さん方に子牛でも見せてあげようと思って」

 めぐみが言った。

 「お邪魔していいんですか? 迷惑かけては・・・」

 庄司が答えた。

 「今の時間は、子牛の世話だけだ。親牛は搾乳以外の時間はたいして用事もない。だから大したことないよ」

 子供達は喜び勇んで出て行った。大人の会話から逃れたかっただけかもしれない。

 庄司には、秋にキノコ狩りに付き合わされたことがあった。山菜取りと無縁だった赤嶺は、春の山菜は、研修センターのみんなと出かけたことはあるが、キノコの収穫は初めてだった。どのキノコが食べれるのか判断できない。庄司はその時の話を面白おかしくめぐみに聞かせた。

 庄司の話はこの場でも止まらない。子供達が戻って来て、子牛の話を興奮してめぐみに聞かせるのをまた餌にして話始める。赤嶺はそのような庄司を眺めているのも楽しいと感じた。いつもは、赤嶺が餌食となるのだが、それも楽しい時間だった。

 夕方、今度は安住のところに行く時間だ。一度、家に戻り、めぐみが作ったおせち料理のお裾分けを携えながら安住の家に向かった。安住の家は塘路の市街地にある。元々は赤嶺が買った土地の一画に住んでいたのだが、安住は郵便局に通うのに便利な市街地に家を建てていた。

 辺りはすっかり日が暮れていた。明るい内にと考えたが、元日と二日は、郵便局は大忙しだ。遅くならないよう失礼することにする。

 家は小ぢんまりとした佇(たたず)まいだ。どこか安住さんらしいと感じた。家に入ると、宴会の準備がしてあった。席に案内され、座ると同時に、子供達にお年玉が配られた。そう言えば、庄司からも、どさくさに紛れて子供達が受け取っていた。安住は言った。

 「赤ちゃんは知ってると思うが、食事は静かにと言っただろう。だけど、宴会は賑やかにだ。と言っても、赤ちゃんは下戸だったな。俺は遠慮しないぞ」

 安住は、生粋のアイヌ民族だ。子供達は始めて見るアイヌの人に、最初は戸惑っていた。どこか外国人のような風貌に、北海道では和人が新参者で、アイヌの人こそ、この土地を昔から守って来た由緒ある方々だということを教えてもピンとこないようだ。しかし、穏やかな安住と、明るい奥さんの節子に、場は和んできた。安住は、余計な言葉を発しない。一言一言に重みある。子供達に、アイヌ民話をもとに、この地域の話をしてくれた。

 めぐみも気付いたようだ。安住は、山に住む人に必要な知識を生まれながらにして持ち合わせているような雰囲気を醸し出す。赤嶺が大切にしている人だと言ったことを改めて理解した。

 安住にも子供がいる。もう社会人になっているが、父親と同じく、正月は仕事で、帰ってくるのは、、正月三ヶ日が過ぎてからだ。今年は、赤嶺のおかげで、賑やかな正月を迎えることができる。

 食卓は、ケーキや、デコレートされた焼き菓子、肉料理など、子供達を意識したメニューが中心だったが、赤嶺とめぐみは、節子が手作りした山菜料理に興味を持った。めぐみが聞いた。

 「これは、何ですか? こちらは?」

 次々と聞いている。赤嶺は、味見するのに夢中になった。節子が言った。

 「春に取った山菜を塩漬けした物よ。これは、そうして保存していたワラビの白和え。口に合うかしら?」

 めぐみは、節子とワインを飲み始めた。安住は焼酎だ。赤嶺は、子供達とコーラを飲んで楽しんだ。早く帰ると言ったが、めぐみと節子の話が弾んだ。子供達は、安住の話にも飽き始め、眠そうな顔つきになって来た。そろそろ潮時の合図だ。

 めぐみは、赤嶺が新しい人格を形成していることを確信した。業種の違う人達と交わる姿を見たことがない。

 東京では、仕事そのものが人生だった。めぐみの存在意義が、赤嶺にとってどのような価値を持っているのか想像できなくなっていた。看護師に復帰した時も、驚く風でもないし、安易な態度で了承の返事をするだけだった。

 今の赤嶺は、明らかに変わった。体格だけではない。風貌だけではない。今日、庄司さんと安住さんとの語らいを見て、赤嶺は明らかに彼等の世界に居場所を見つけていた。

 今回、飛行場で再開した瞬間から、赤嶺は温かく歓迎してくれた。子供達を思いやり、めぐみを愛してくれた。しかし、めぐみにはお客様感が拭いきれない。ログハウスにて、二人で寄り添い、外を眺めている時も、わずかに寂しさを感じ、赤嶺の腕に絡む自分の腕に力を加えていた。

続く(次回更新:11月24日火曜日)

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