テツ男社長のたわごと

中斜里、知床斜里そして南斜里

 釧網本線の続きで斜里町の中斜里、知床斜里、廃止になった南斜里の各駅を紹介します。知床斜里からは以前、根室標津へ向かう根北線が走っていました。その話題も少し盛り込みました。

斜里町から標津町へ国道244号線を進むと、根北峠の登り口に越川橋梁(第一以久科橋梁)が姿を見せます

 

【中斜里】

1929(昭和4)11月14日開駅

元「猿澗川(さるまがわ)」といっていましたが、1950年に「中斜里」と改めました。猿澗川はアイヌ語で「サル・オマ・ペッ」(ヨシ原にある川)から出ました。

駅の周辺(1998年9月13日付 釧路新聞)

 

以前は製糖工場関連の貨物の扱いもしていた中斜里。現在はトラックによるコンテナ輸送に

 

中斜里の清里町寄りにある斜里川にかかる橋りょうを渡る釧路行「しれとこ摩周号」

 

 

【知床斜里】

1925(大正14年)11月10日開駅

元は「斜里」といっていましたが、ウトロをはじめ、知床への玄関口ですので1998年4月11日にから頭に「知床」をつけました。斜里はアイヌ語の「シヤリ」(ヨシが生えている湿地)から出たものです。

駅の周辺(1998年9月16日付 釧路新聞)

 

「知床」は2005年に世界自然遺産に登録されました。駅前にはオジロワシの青銅像

 

知床斜里駅から徒歩で約20分のところに斜里町立知床博物館があり蒸気機関車9600型の59683が保存されています。

 

知床博物館には根北線(斜里~越川 12.8㌔ 1957年11月10日~1970年12月1日)に関連する資料も展示されています。また、冊子「斜里・知床の近代化遺産=郷土学習シリーズ第20集」が販売され、同線や釧網本線の歴史も掲載されています。

 

 

【南斜里】

1962(昭和37年)10月1日開駅

2021(令和3)年3月12日廃止

斜里の南にありますので「南」を付けました

駅の周辺(1998年9月11日 釧路新聞)

 

ありし日の南斜里、ホーム1本だけの駅でした(2017年5月)

 

南斜里駅跡を通過する網走行「しれとこ摩周号」

 

 

【根北線と越川橋梁】

 根北線は1892年の「鉄道敷設法」により、根室本線厚床から標津を経由して斜里につながる鉄道の一部(斜里~根室標津)として計画されました。斜里側は1938年に着工され斜里~越川のレールは敷設されましたが、戦争のあおりを受けて中止に。越川から標津へ向かう鉄路の建設も行われ越川橋梁は完成しましたが、やはり戦争により列車が通ることはありませんでした。斜里~越川は、地元の積極的な要望活動により57年から営業を開始しましたが、利用者が伸びず1970年に廃止されました。

 厚床から根室標津へは標津線(1989年4月30日廃止)として開業しましたが、標津側の工事は行われるがありませんした。

 越川橋梁は全長147㍍10連の堂々たるアーチ橋です。現在は国道の拡幅工事により一部が切り取られましたが、その威容を国道から見ることができます。

 また、鉄道の建設工事には「タコ労働」と呼ばれる厳しく過酷な労働を強いられた歴史があります。今も「知床の歴史を語る会」のみなさんが中心となり、毎年8月上旬に同橋梁で、犠牲者への追悼をしています。

国道244号を横切る越川橋梁は国登録有形文化財に指定されています

 

※次回は8月3日ころ更新します。

関連記事