テツ男社長のたわごと

普通列車「からまつ」

 釧路と小樽の間に夜行の普通列車が走っていました。愛称名は「からまつ」。今回は自宅にある資料の中から「からまつ」をご紹介します。

上厚内で特急「おおぞら」待ちで小休止する「からまつ」(1980年)

 

 1964年の「交通公社の時刻表10月号」(東海道新幹線開業)には、422列車(釧路発19時07分、小樽着7時16分)、421列車(小樽発20時59分、釧路着9時41分)とありました。普通車のほかに2等寝台が連結(421列車は札幌から)され、1等車の表示もありあました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「からまつ」のサボ、独特な字?のサボもありました

 

 1968年の「交通公社の時刻表10月号」(ヨンサントウダイヤ改正)には、424列車(釧路発19時、小樽着6時55分)、423列車(小樽発21時28分、釧路着9時36分)とあります。やはり2等寝台のほか1等車も連結されていたようです。

硬券の「からまつ」寝台券

 

 1972年の「交通公社の時刻表3月号」(山陽新幹線 新大阪~岡山開業)には、424列車(釧路発19時07分、小樽着6時52分)、423列車(小樽発21時31分、釧路着9時19分)とあり、1等車は消えB寝台のみの表示でした。

マルス発行の「からまつ」寝台券

 

 1974年の「弘済会の道内時刻表10月号」(国鉄ダイヤ改正号)には、「からまつ」という愛称が付いていました。上り「からまつ(424列車)」は釧路発19時で小樽着が6時46分、下り「からまつ(423列車)」は小樽発21時30分で釧路着は9時30分でした。ベッドに★マーク一の記号があり客車3段式のB寝台を連結していたことを示していました。

「からまつ」の寝台はスハネ16が基本ですがオハネ12も(1980年)

 

 1980年10月1日の国鉄ダイヤ改正で、それまで青函連絡船の接続をしていた函館中心から、北海道の特急は札幌中心のダイヤに変わり、「からまつ」が廃止されました。1980年の「交通公社の北海道時刻表9月号」には、上り「からまつ」が釧路発19時で小樽着6時42分、下り「からまつ」が小樽発21時16分で釧路着9時17分で3段式のB寝台も連結されていたことを示していました。

釧路駅2番線に到着した「からまつ」、けん引機はDD51 501

 

 「1975年7月改正 旅客・荷物輸送取扱方及び客車運用表」が手元にあります。これを見ると、「からまつ」の編成は、小樽方からマニ(大航2)、マニ(札荷1)、スユニ(釧郵1)、スハネ(16)、スハネ(16)、スハフ、スハ、スハ、スハフでした。機関車は釧路~滝川がDD51、滝川~小樽がED76。寝台車のスハフのうち小樽方の1号車は釧路~池田が回送扱いで、閑散期には欠車になることもありました。

「1975年07月改正 旅客・荷物輸送取扱方及び客車運用表」の「からまつ」編成

 

 上り「からまつ」は、小樽に到着するとスハネとスユニは手稲まで回送され、下り「からまつ」の仕業まで待機して、再び回送で小樽へ向かいました。一方、スハフ、スハの客車は、小樽発7時58分829列車に化けて通勤、通学列車として札幌へ向かいます。乗客を降ろしたあとに手稲まで回送され、整備したあと回送列車として小樽へ運ばれます。

札幌に到着したED76けん引の上り「からまつ」(1980年)

 

 最初に「からまつ」に乗車したのは、正確な年代は忘れましたが1970年代前半、正月明けの冬休みを利用して祖父や親せきと釧路から札幌まで自由席(座席)に乗車した時でした。自由席は4人ボックス席で、十勝に入ると空席が目立ち、1人1ボックス状態になりました。半径の短いカーブに差し掛かると車窓からDD51が見えてきて、夜汽車らしい前照灯が照らす先の風景を今でも記憶に残っています。

夏至の頃、上り「からまつ」が釧路を出発する際はまだ明るい(1980年)

 

 乗り心地はというと、旧客特有の発進と停車時に前後の揺れが発生します。深夜から早朝にかけて普通列車ではありますが、通過する駅が増えて来ます。とはいえ駅に到着、発進する際の衝撃はそれなりにあります。親戚のみなさんはなかなか寝付けず「次回は特急で」と言っていました。

白糠で下り「からまつ」(左)と釧路から滝川を目指す422列車が交換

 

 滝川でDD51からED76にけん引機が変わります。函館本線に入ったとたん人(列車)が変わったように速度を上げます。すると旧客は横揺れも相まって窓もびりびりとなり始めます。子供心に「無理しているなあ」と思ったものです。札幌には翌朝の5時30分くらいに到着しましたが、あたりはまだ暗かったのを覚えています。その後の運転をやめるまで、寝台を含めて上下の「からまつ」に数回乗りましたが、今思えば楽しく貴重な体験でした。

古瀬トンネルを抜け釧路を目指す下り「からまつ」(音別~古瀬 1980年)

 

※次回は11月16日ころ更新します。

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